訓蒙図彙130

訓蒙図彙 130 宝貨の部

銀(ぎん・ごん) silver

[訓読]銀 ぎん・ごん しろかね。白金なり。○鑛(こう)は、あらがね。𨥥(こう)、並びに同じ。諸金皆鑛有り。鐐(りょう)は銀の美なる者なり。俗に云ふ、南鐐(なんりょう)。銀鉼(ぎんへい)は、今按ずるに俗に云ふ、はいぶき。銀鈑は、俗に云ふ、いたかね。


[通釈]銀 ぎん・ごん しろかね。白金のこと。○鑛は、あらがね。𨥥も同じ。諸々の金属は皆鑛が有る。鐐は銀の美しいもののこと。俗に南鐐という。銀鉼は、今考えるに、俗にいうはいぶき、銀鈑は、俗にいう、いたかねのこと。


[解説]前回の「金」と今回の「銀」に出て来る「はいぶき」とは、灰吹き法のこと。金・銀を含む鉛鉱を通気しながら熱し、鉛を酸化鉛にして骨灰などに吸収させ、あとに金・銀の粒を残す精錬法をいう。灰吹き銀は銀地金として取引されたが、元禄年間(1688~1704)以降は銀貨幣の素材として利用された。江戸を中心に東日本では金貨である小判が額面の価格により通用したが、上方を中心とした西日本では銀地金(丁銀)が流通した(銭は共通)。これは一つひとつ量目が異なるため、商家では分銅で計って価格を算出した。東西で交易する際、小判と丁銀をそのまま交換できないために両替商が必要となり、大店として発展、明治以降は銀行として更に発達した。

  元禄13年(1700年)時点で「金一両=銀六十匁=銭四貫文」という換算率に定められ、貢納金などに対してはこの換算率が用いられたが、一般の商取引では市場経済にゆだね、金一両、銀一匁および銭一文は互いに変動相場で取引された。

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