政談150

【荻生徂徠『政談』】150

(承前) さて、物の値段が次第に高くなった理由だが、これは一つだけではなく、いろいろある。まず第一に、諸国で作られる産物は、多くは地頭が運上を取るが、業者が次第に値段をつり上げて競り落とすため、それが販売価格に転嫁されて高値になる。その運上は大名が借金へ当てるなどするため、困窮している大名にとっては運上を下げることもできず、このために値段を下げにくくなっている。

 値段を下げる方法はとても難しい。江戸城下の地代・家賃はとても高値であるため、諸商人たちは地代や家賃の高い分を販売価格に織り込む。だから安くならないのである。我が祖父は、伊勢の国に自ら作った田地を所有していたが、それを売って僅か五十両で町屋敷を建てた。父の代にこの屋敷を人に売ったが、今から二十年ほど前には二千両の価格にもなったと聞いている。祖父が建てたのは天草の陣よりだいぶ前、およそ八十年以前のこと。このように地代・家賃が四十倍にもなったのだから、物価が高くなるのも当然である。なんとしてもこれを下げる方法を考えなければならない。


[語釈]●運上 うんじょう。古くは年貢などの公物を京都へ運び上納したことからこの言葉が出来た。江戸時代には年貢以外の租税を指し、金納が多かったことから運上といえば多くは運上金のことを指す。当時は、人口の大半を占めた農民の租税は年貢がすべてだったが、その他の武士以外の者は種々の運上が課せられた。本来、商人は運上のための金を価格に上乗せしてはならないが、藩の御用商人となり、その品物の独占権を得た場合、その商人は独占権を得たことによる運上の増額分を特別に価格に上乗せすることが認められた。しかし、これが独占による更なる価格の上昇となり、徂徠の批判するところとなった。本来、複数の商人から徴収できた運上が独占権により一人からしか徴収できないために運上そのものを高くするのは当然だが、高くなった分を価格に転嫁するのは消費者保護の点から許されないこと。しかし、そこは時代の限界があり、消費者(最大の消費者は皮肉にも武士)を守るといった観念はまだ強くなかった。今、電力会社が原発関連として電気使用量に上乗せしているが、これなどは時代に逆行しているだけでなく、当時でもあり得ないことである。


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