政談130
【荻生徂徠『政談』】130
(承前) 長子浦・小田原浦の類は、大名に与える土地ではない。魚類は浦人の役として御台所の管轄とし、魚がふんだんに送られてきて常に豊かな状態にあるのがよく、このような所を大名に与え、魚を大名から買い上げるようにし、更に金がかかるからと御台所に買入れを制限させるといったさもしいことを役人どもが勝手にするのは、いったいどういうことか。これこそ不学の致すところである。野菜の類は畑年貢を免除し、江戸近郊の田が無く畑ばかりの所で百姓の役として作らせ、御台所へ納入させるのがよい。その他一切の品物は諸職人に扶持を与え、原材料を与えて作らせたり織らせたりするのがよい。古より職人に官位があるのはこういった理由からである。
[注解]●長子 銚子。江戸時代は固有名詞でも別の字を当てることがよく行われ、書簡の類でさえ人名を同じ読み方をする別の字を使ったりしている。夏目漱石もこの気風を受け継いでいたようで、作品や書簡で本来の字ではない別の字を使っている例が散見される。現代では故意にやろうとしても「誤字だ」ということで訂正されたり、字を知らぬ者と軽蔑されたりする。 ●職人に官位がある これは受領名のことで、京都においては、朝廷や御所や寺院の用をはたす商工業者や芸能者に限り、家格や家業に箔をつけさせるため、金品次第により守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)などの受領名を授け、特権的立場を与えた。受領名を有する商工業者が扱う商品は、ブランドとしての附加価値が認められ、同じ業種の職人がつくった商品の中でも、破格の値段で取引される。こうしたことから、多くの業者が自身の名誉と商売繁盛を期して受領名を求めた。徂徠は江戸に住む職人たちにこれと同じ権利を与え、御用職人として物品を納めさせ、幕府が無駄な金を使わずに済むように提言した。
0コメント