佛像圖彙380 付・浄土双六

【380】鴈(がん) 


[通釈] 廿二 鴈 


[解説] 渡会神道によれば、鷹と雁は未に属するとか。何故未(ひつじ)なのかは記されてはいない。他も同じ。不明な事の多い三十六禽である。 


[浄土双六]35 賛嘆供養(さんだんくよう) 


 讃嘆供養とも。「嘆」は「だん」と濁る。仏徳をほめたたえ、衣食(えじき)香華(こうげ)などをささげて供養すること。五正行(五種の正行)の一。 

 絵はお寺の本堂で住持が法話をし、仏徳を讃えている様子。昔は檀家制度によりすべての人がいずれかのお寺の檀家となり、また、お寺が役所や学校(塾)の役目もしていたことから、一般人にとってお寺は気軽に出入りできる所でした。今のように敷居が高く感じ、しきたりや作法を気にして緊張したり、宗旨のない人には参拝すらほとんどしない状況では全然なかった。これは逆に当時のお坊さんにとっても人々との結びつきが強く、法話も人々の悩みや苦しみに直接寄り添い、経文もとにして当意即妙なたとえで分かり易く説明したり智恵を授けるといった技量が身に付いたものです。 

 現在、法話は各宗派とも呼び名はいろいろあるようですが、教師といった資格のあるお坊さんしかできないとされています。お坊さんは法話をするのも本務のはずですが、なんでも、それぞれ好き勝手に法話をさせると、その宗派の教義から逸脱した話をする恐れがあるため、きちんと教義を理解し、教義から決して逸脱しないで話ができる僧侶にのみ教師として認定するとのことです。しかし、いろいろな動画を視聴するに、自由気ままに、時には他の宗派を称えるようなことまでのたまうご住持もいて、そのほうが一般受けすると思ってのリップサービスのつもりでしょうが、それなら教師の資格はいらないのでは、などと思ったりもすることです。 

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