政談64

【荻生徂徠『政談』】64

(承前) 私は幼少の時より十三年間、田舎の上総の国に住み、さまざまな難儀をし、またさまざまな事を見聞し、私も田舎者で無骨者となり、人が遠慮して言わないようなことも主人に向かってはっきり言うようになった。十三年の歳月を経て江戸の城下に戻ってみれば、城下一帯の雰囲気がとても変わっているのを見、書籍に記された道理を考え合わせると、少しは物事について分かってきたように思う。もしそのまま城下に住み続けていたならば、自然と移り変わる風俗を別に気にもせず、満足しきって、田舎のことや世の中のことがわからぬままとなろう。まことに城下に定住する高官や代々高禄を食(は)む世襲の家の人は世情に心を致すことがなく、風俗に慣れて何も言わないのも当然のことといえよう。


[注解]延宝7年(1679)、当時館林藩主だった徳川綱吉の怒りにふれた綱吉の侍医だった父の景明が江戸から放逐されたため、14歳の時に母の故郷である上総国長柄郡本納村(現・茂原市)に移った。 ここで漢籍・和書・仏典を13年あまり独学し、のちの学問の基礎をつくった。元禄5年(1692)、父が赦免されて共に江戸に戻り、ここでも学問に専念した。本来なら都会の真ん中で何不自由なく都会人として生きるはずだった徂徠にとって、「田舎」暮らしは視野を広くさせ、地方の人たちの苦労を間近に見、悩みや不満を聞くことで思索を深め、学者でありながら政治に対しても目を開かせ、常に庶民の立場で考えるようになった。上総暮らしがいかに貴重で有益であったかを将軍吉宗にしみじみと語って「非人」「乞食」についての話をひとまず終えます。


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