佛像圖彙263
【263】辨財天十六童子 印鑰童子(いんやくどうじ)
[通釈]
辨財天十六童子 第一
印鑰童子 梵字はバン
又麝香童子(じゃこうどうじ)とも名づく。
丁の印。
金剛と通用する。
本地は釈迦如来。
[注]
印鑰 鑰は蔵の鍵のこと。『将門記』にも国司を追放する際に「印鑰」を取り上げる記事が出ているので重要な物であることがわかる。国の公印として正倉の鍵が使われている。
丁印 印相の一つ。
[解説]
弁才十六童子。元来は弁才十五童子で、『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠陀羅尼経』に基づき、善財童子を加えて十六童子したもの。本書でわかるように、江戸時代には既に十六童子が定着していたようである。
印鑰童子は麝香童子ともいわれ、本地を釈迦如来とし、右手に宝珠、左手に鑰(宝庫の鍵)を持っている。 元々童子とは仏道に帰依しながらも出家得度せずに雑役に従事する者なので、十六童子は辨財天の持つ様々な功徳を具体的に表すものではないか。印鑰童子なら蔵の鍵と印であるから「福徳」、官帯なら「立身出世」を、といったように。
[雑記] 「百年後の仏教」
【37】山田孝道(曹洞宗地福寺(島根県)十三世大和尚。宗門他仏教界の博学者にて著書多数、駒澤大学の教頭を務め、九州肥後大慈寺に昇住。「禅宗辞典」ほか)
「百川海に入て竟(つい)に一味に歸す、十三宗五十餘派悉く泯滅して一佛法となる、況(ま)して、本山、末派、禪師僧正律師僧都等の如き、人爲の階級、禪浄自他勝劣の如き敎理の差別あらん。イヤ寺院なる特種の建物、僧侶なる專門の職業も存せざるべし。斯くて眞の佛法活動するならん。」
百の川が一つの海に注ぎ込むように、仏教の十三宗五十余派はことごとく滅んで一つの仏法となる。もともと仏教は仏陀という一人の聖人の教えであったのですから、今は多くの宗派に分かれているとはいえ、行き着く先は同じ、一つであるとするのは正しいといえます。今は無仏の時代ですが、やがて弥勒が新たな仏となるという将来のこと、これは仏陀がそのように言われたのではなく、『弥勒下生経(げしょうきょう)』に弥勒の事績が予言の形で述べられているそうですが、この予言も仏教として信奉され、異端派はどうか知りませんが、基本的にはどの宗派とも共有していることだと思います。であれば、山田師の見解は仏教として当然であり、互いの宗派で遣り合うといったことは無くなって当然でしょう。
本山、末派、禅師僧正律師僧都等のような種別、階級も仏陀が設けたものではなく、そもそも仏陀は貴族、王位という身分を捨てて一沙門となられたのですから、平等を説く仏教なら、修行者に階級や優劣があってはならない。もちろん、師や先輩を敬い、立てるのは後に続く者としての態度であり務めです。が、世間でいうように「あの坊さんは緋の法衣だから偉い」といったように、外見で優劣を決めるのは筋違い。法然上人のように、生涯墨染の衣と灰色の袈裟だけを着用された方も複数おられますが、外見で優劣を誇ったり決めつけることに対する嫌悪の気持ちがあったとされ、もっともな気持ちだと思います。錦の袈裟を召しながら高慢な態度をとる人に至っては何をかいわんやです。そもそも袈裟はインドの僧侶が使用していた衣が原型で、使えなくなって捨てられたボロ布、汚物を拭う位しか用が無くなった布を集めて作ったことから「糞掃衣」(ふんぞうえ)ともいわれる。また、貧しい人たちがお布施として寄進した布も。そういう精神を大切にするなら、金襴緞子の袈裟などあり得ないと俗人の私などはいささか呆れてしまいます。落語に「錦の袈裟」という噺、これはいわゆる下ネタ系のものですが、こういう噺が古くから作られ、演じ続けられているのも、それだけ共感する人が多いからでしょう。
山田師は、こういった階級や区別も、さらには教理の差別も(いろんな宗派の動画やブログ類を見ていますが、ごく一部、「密教は俗人に説明する必要はないし、教えてはならない。顕教との違いはここだ」という住持がいます。そういうことも指すのでしょう)、寺院ひいては僧侶さえもなくなって真の仏法が活動するとし、これは原点に返れということだと拝察します。
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