佛像圖彙250
【250】那智飛瀧権現(なちひりゅうごんげん)
[通釈]
那智飛瀧権現 壒囊鈔(あいのうしょう)にいう「天照大神の補佐の臣である。この世の初めに降り来たまう所である。難陀龍王の化身である」と。
[注]
壒囊鈔 正しくは塵添壒囊抄(じんてんあいのうしょう)。鎌倉期に成立し中世において流布した辞書。
[解説]
那智飛瀧権現は、元々那智の滝を神格化したもの。現在でも本殿は無く、滝そのものを拝する。那智の滝は海上からでも容易に見る事が出来るため、海上交通の目印となった。熊野を開山した裸形上人が天竺より渡来したとの伝承は示唆的である。文覺の荒行は平家物語等に名高い。
[雑記] 「百年後の仏教」
【30】可睡齋主 秋野孝道(あきのこうどう 仏教学者、曹洞宗の僧侶。曹洞宗大学学長。總持寺貫首、曹洞宗管長。別号・大忍。黙照円通禅師)
「お尋ねに仍り強いて應(こた)へて見れば、百年後の佛敎は分化せる各宗各派の中より學徳兼備なる大偉人の出現ありて此れを統合し、世界思潮の歸趣を指示する緒に就き、佛陀の慈光照三千界の具體的表現を見ることかと思ふ。」
100年余り経った現在、各宗派を統合する「大偉人」の出現は見られません。秋野氏は希望的観測を述べたまでか、それとも確信していたのかは分かりませんが、仏陀の教えが仏教であるのだから、本当は一つの教団でまとまっているはず。しかし、偉大な聖人の教えは直接それを受けた弟子たちそれぞれが自分の捉え方で伝えたり広めるのが常。宗教に限らず、どの組織もこの動きは免れないようで、さまざまな分派が生まれ、互いに違いを際立たせ、中には先鋭化して対立するものもあるなどして、分派したものが再結成することはほとんどないといってもいいほどです。
仏教を永く伝えてゆくには大同小異の精神で、互いの宗派を尊重し合うことが大切ではないでしょうか。乱れた世界には大偉人が必要とは思うものの、逆にいたらいたでどんな社会になるか、ちょっと恐ろしい気もします。
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