南留別志369
荻生徂徠著『南留別志』369
一 「とうとうたらりやらりろう」といふは、楽の譜なるべし。陀羅尼(だらに)なりといへるは、僻事(ひがごと)ならん。
[語釈]
●とうとうたらりやらりろう 謡曲の『神歌』に次のようにある。
シテ とうとうたらり たらりら
たらりあがり ららりとう
地謡 ちりやたらり たらりら
たらりあがり ららりとう
シテ 所千代までおはしませ
地謡 我等も千穐さむらはう
シテ 鶴と亀との齢にて
地謡 幸ひ心にまかせたり
シテ とうとうたらり たらりら
ちりやたらり たらりら
たらりあがり ららりとう
ツレ 鳴るハ瀧乃水
鳴るハ瀧の水 日ハ照るとも
地謡 絶えずとうたり ありうとうとうとう
ツレ 絶えずとうたり 常にとうたり
千歳之舞
ツレ 君の千歳を経ん事も 天つ少女の羽衣よ
鳴るハ瀧乃水 日ハ照るとも
地謡 絶えずとうたり ありうとうとうとう
千歳之舞
シテ 總角や とんどや
地謡 尋ばかりや とんどや
シテ 坐して居たれども
地謡 參らう れんげりや とんどや
シテ ちはやぶる 神乃ひこさの昔より
久しかれとぞ祝ひ
そよやりちや
シテ およそ千年乃鶴ハ
萬歳樂と謳うたり
また萬代の池乃龜ハ
甲に三極を備へたり
渚乃砂 さくさくとして 朝乃日の色を瓏じ
瀧の水 玲々として 夜乃月あざやかに浮かんだり
天下泰平 國土安穏
今日乃御祈祷なり
ありはらや なぞの 翁ども
地謡 あれハ なぞの翁ども
そやいづくの翁とうとう
シテ そよや
シテ 千穐萬歳の 喜び乃舞なれば
一舞舞はう 萬歳樂
地謡 萬歳樂
シテ 萬歳樂
地謡 萬歳樂
[解説]「とうとうたらりやらりろう」については現在まで仏教的咒文説や陀羅尼説、さらには徂徠のこの楽譜説まで諸説あり、確定していない。徂徠は陀羅尼説を僻事として非難しているほど。陀羅尼あるいはダーラニーとは、仏教において用いられる呪文の一種で、比較的長いものをいう。通常は意訳せずサンスクリット語原文を漢字で音写したものを各言語で音読して唱える。短いものは真言(マントラ)。『般若心経』の[故知般若波羅密多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪](コーチーハンニャーハーラーミーター、ゼーダイジンシュー、ゼーダイミョウシュー、ゼームージョウシュー、ゼームートウドウシュー)の部分。なお、このあとの[羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶](ギャーテーギャーテー ハーラーギャーテー ハラソウギャーテー ボージーソワカー)の部分も真言だが、ここは特に訳してはならず、このまま唱えることとされている。このように、「とうとうたらりやらりろう」も原音このままにして味わうべきもので、意味は考える必要がないものかもしれない。出だしとして唱え、調子をつけてゆくためのものだろう。
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