斉諧俗談119
斉諧俗談 119
〇偽橋[いつわりのはし]
駿河の国白子[しろこ]の町に、偽[いつわり]の橋というのがある。伝承に言う、昔、当国に流された人があった。
〔割注〕時代と姓名とも不詳。
その人には老母がおり、紡績をして生活をしのいでいたが、貧乏で苦しく、何かよい収入の口はないかと各地を回っていたが、いつしか年月が過ぎ、一人きりの老母は病気で亡くなってしまった。それから男は家に戻ったが、変わり果てた母の姿に涙を流してさめざめと泣いたが、時すでに遅し。そこで蓄えていた銭を木匠[だいく]に渡し、橋を作って老母の追善供養とした。ある夜、一匹の虫が橋の柱の表面を喰ったが、喰った跡が一首の和歌となっていた。
生(いき)てだにかけて頼まぬ露の身を死(しし)ての後は偽(いつわり)の橋
これよりその橋を偽の橋と言うようになったということだ。
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