斉諧俗談38

斉諧俗談 38

〇法泉寺一切経[ほうせんじのいっさいきょう]

月潭和尚[げったんおしょう]の峨山草稿(がさんそうこう)に言う、肥前の国須古庄[すこのしょう]に法泉寺という禅宗の寺がある。元禄三年庚午(こうご=かのえうま)の春、この寺の住持が一切経を求めるために郷里にて寄附を募った。ところがある夜に夢の中でいずこともなく一頭の馬が来て、人のように言葉を話していうには、「私は当国白石の庄のある家に飼われている馬である。今度、住持の建立する経蔵に入ろうと思う」と。住持が言った、「おぬしはどんな財物を持っているというのじゃ」。馬が言う、「わが主人は毎日、私に荷物を背負わせて市に行き、その駄賃を生計としている。今後、一日に二度運べば、若干銭の余裕もできよう。それを寺に寄附しようと思う」と。ここで住持は目が覚めた。次の夜も、また同じ夢を見た。住持は不思議に思い、さっそく白石の馬主の家に行き、夢のことを話すと、馬主も大いに驚き、「実は私もゆうべ、同じ夢を見たのでございます」と言い、住持を案内して厩(うまや)に入ると、住持の姿を見た馬は欣喜雀躍とした。そこで、馬の願い通り一日に二度の運搬をし、駄賃の中から余禄を寺に納め、その後馬主は馬を解き放ち、そのまま寺で永く養った。この話を聞く者はみな感嘆しないではいられなかった。それからほどなくして、寺の経蔵がすべて整ったという。


[語釈]

一切経 釈迦の教説とかかわる、経・律・論の三蔵その他注釈書を含む仏教経典の総称。大蔵経(だいぞうきょう)ともいう。

月潭和尚 未詳。

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