価値ある100円本

価値ある100円本


 これは10年ぐらい前に神田の日本書房さんで購入した書物です。店頭の100円コーナーにあったもの。他に「汲古」の古い号数冊なども(「汲古」は中途の号から以降は毎号無代で送付して頂いている)。

 筑摩書房の「言語生活」1972年4月号。国語科の教員などが読むものです。買った時は特に中を見ることもなく、「特集●デマ」という見出しになんとなく買ってみたといったところでした。

 その後、今に至るまで、この小雑誌(A5並製)からどれほど知識を得、恩恵を受けたことか。現在のような世の中ではますます意味をなすものです。

 本書の冒頭からおよそ3分の2がデマについての対談、記事で、今氾濫しているムック本のような仰々しさはまったくなく、ただ文字が静かに並んでいるだけですが、内容はどれもするどいものばかり。

目次は以下の通りです。


座談会・うわさの周辺 池内一・邱永漢・後藤修・松任谷国子

流言の心理      中村陽吉

誤報と報道      伊藤慎一

大衆パニック     斉藤耕二

諜報謀略戦と言葉   畠山清行


コラムもまた痛烈なものばかり。


 複製が本物である時代 粟津潔

 語学教育における人間不在の断面 野林正路

 社名変更       千早耿一郎

 「広辞苑」の語源語史説採摘について(4)  新村猛

 書かれた話言葉    黒井千次


 半ば販促を兼ねた小雑誌ながら昔の水準の高さには古本古雑誌を見るたびに感じます。「複製が本物である時代」は百田の通史を先取りして批判しているかのようです。

 内容を紹介する余裕はありませんが、小見出しを並べるだけでもワクワクしてきます。

 「流言の心理」の小見出し

  一 デマとうわさと流言

  二 流言成立の条件

     個人的要因

     社会的状況

  三 流言の流れ方

     流言の範囲と経路

     流言の内容的変化

  四 流言への対策

     流言の功罪

     流言への対策

  引用文献

  参考文献

 繰り返しますが、本誌は販促を兼ねたものです。にもかかわらず、立派な論文であり、末尾には引用文献(半数以上は外国の論文)さらには入手可能(当時)な論文、書物をちゃんと挙げている。立派なハードカバーの通史にもかかわらずこれを一切示さない書物がベストセラーとなり、高官貴顕たちが自慢する現代がいかに劣化していることか。

 「誤報と報道」は記者たちプロにとって陥りやすい危険や誤りを突いており、耳の痛いものです。

   予定稿の失敗

   記事のデッチあげ

   デッチあげで大成功

   デッチあげで大失敗

   なぞの大誤報

   つかめない誤報の原因

   なお残る疑問

   誤報のあと始末

   誤報と誤解を生む記事と

   残された問題

 この他、「諜報謀略戦と言葉」は国家権力なら国内外の敵に対して必ずやる操作・工作であり、現政権に対してはこの点からも厳しく監視しなければなりません。

 流言飛語は故意に発したものから、単に見たもの聞いたことが伝えられてゆく中で意図しない内容に変容して拡散されるものまでさまざま。流言もデマもウソなわけですが、本書が出された当時、一国の首相が連日のように、しかも堂々とウソをついてあっけらかんとし、マスコミはそれを糾弾もしない世の中になるなどとは、誰も思っていなかったことでしょう。

 なお、「社名変更」は面白いので、後日紹介します。

 100円本コーナーからコレクター垂涎のお宝、掘り出し物(古書価格が高いという意味において)を見つけるのは難しく、もしあったとすればむしろその店の主人の沽券に関わり、客にとっては期待が膨らむものの、同業の間では無知をさらけ出すようなもので不勉強をなじられかねない。

 しかし、そういう書物ではなく、100円本が妥当でありながらも一部の読者や研究者にとっては必要であり有益なものであれば、その書物はその人にとってはお宝であり、店にとってもいい商売をしたということができるでしょう。

 格安本を侮ることなかれ。

過去の出来事

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