政談411
【荻生徂徠『政談』】411
(承前) 現在、公儀においてつとめて追放の刑を制限して過料に代えるようにさせているが、世間では理解し同調する人はなく、諸大名では全く採用しない状態である。公儀の仕方を諸大名が同調しないのも良いこととは言えない。今後、諸大名も公儀を見習ってこの法を取り行ったならば、遠国では必ず不都合なことが起こるだろう。つまり、今諸大名の困窮が甚だしいことから、必ず法外な過料を取るはず。総じて金銀のことについては、人の争いや恨みを引き起こすものである。先年、伯耆(ほうき)・安房・肥後において年貢のことで百姓一揆が起きたと聞いている。田畑の質流し禁止の法令が発布されたが、現場の御役人の軽率な運用から混乱が生じ、山形では質地返還のための暴動が発生した。むやみな過料徴収は異国にも古の日本にも例がないことであり、遠国の人はまず従わないであろう。
[解説]本書が完成する前の享保6年12月に、幕府は田畑の質流しは事実上の永代売りにあたることからこれを禁止する法令を立案、翌年4月より施行。しかし、現場では法の趣旨や運用について十分な理解がなされず、各地で混乱による騒動が発生。出羽村山郡や越後頚城(くびき)郡では強訴による暴動へと発展した。これを受けて幕府は8年8月に法令を撤回した。現在の政府や省庁は一度施行した法令は問題があっても面子から撤回することは殆どなく、せいぜいごく一部を修正する程度。その点、一部で暗黒時代と言う向きのある江戸時代は、結構世の中の状況によって撤回したり大幅に変更することをしている。
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