政談275

【荻生徂徠『政談』】275

(承前) また、「君子は器ならず」というのは、人を使う人自身は一芸一能もなくとも、右に述べた『大学』の秦誓の文の意味で、器量ある人を見出だすことを第一とすることである。朱子の註に、「舟にもなり、車にもなり、万能丸(ばんのうがん)になる人を「器ならず」と言う」とあるのは大きな誤りである。『中庸』 に「舜(しゅん)は人に尋ねることを好み、分かりやすい言葉を使うことを好んだ」とあるのは、聖人も知らない事について人に尋ね、考えを言わせてそれを採用し、その人をふさわしい役儀に就けてその人の才智を精一杯発揮させるための妙術である。下たる者の才智が充分に発揮された時、その人が賢才であることも分かり、古来より国を治めるには人を知ることが上たる者の智恵の第一とする。ゆえに、孔子もこれを「大知(だいち)」と言われるのである。但し、人を活かして使うのと殺して使うのとでは、賢才が明らかになるのとならぬ違いがあるから注意しなければならない。

[語釈]●万能丸 どんな病気にも効くという薬。朱子は「君子は器ならず」について、君子はどんなことにも通じており、才能を発揮する、あらゆることに役に立つ人物という解釈をしているが、徂徠はそんなことはあり得ないと批判する。どんな病気にも効く薬があるなら、この世から病はなくなるはず。しかし、そんな薬はないし、薬とはある症状、ある部位に対して使うもので、目薬を胃が痛いからといって飲む人はいないし、飲んで治るものではない。また、一つの薬にさまざまな症状に対応する成分を混ぜればどうなるか。シロウトでもわかろうというもの。 ●『中庸』 『大学』とともにもとは『礼記(らいき)』にあった篇。南宋の朱熹がこの二篇を独立させ、『論語』『孟子』 とあわせて四書(ししょ)とし、学問の入門書とした。日本では江戸時代に大いに使われ、さながら国定教科書のごとく普及し、武士から庶民まで常識的なものとなった。ちなみに、武士では公務に就く前に学力検査があり、それに合格しなければ一人前の武士として認められず、親の後を継いで職に就くこともできなかった。その質問が四書をはじめ漢文から出題され、例えば「「大知」とは何か、説明せよ」「舜が好んだものを二つ挙げ、それについて論評せよ」といったように、まるで大学院の修士の入試のようなものが出された。当然、四書は全文を暗記し、さらに通釈ができて、その意味も説明できるほどでなければならなかった。こうなると、訳注書が出せる域に達するが、昔の武士はこの程度は必須の教養だったし、昔の人がすごく思えるのも、求められた学問水準が高かったからである。なお、中国の高等文官試験「科挙」も上級の試験では同種の問題が出され、こちらは小論文形式で定められた書式で書くことが要求された。「君子三楽」などはよく出たようだ。 ●大知 孔子が舜を表した言葉で、「舜は人に尋ねることを好み、云々」の前にある。大いなる智者、道理を弁えた人、という意味。もちろん、政治家・官僚として当然具有していること。現代の政治屋や官僚では欠如した者のなんと多いことか。


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