政談238

【荻生徂徠『政談』】238

(承前) 今の世の利口な人の料簡では、「そのような道理があるとしても、上に立つ人を皆、下へ追い落として下の人を抜擢して下と上を逆転することはあってはならぬことである。そのようなことをすれば争乱を招く。今まで上に立っている人はそのままにし、下の者には考えを言わせてそれを採用すれば、聖人の「賢才を挙げよ」というのと同じ理屈になる」ということだが、これは聖賢の教えもどきの浅はかな知慮で、何の役にも立たぬ。下の人に考えを言わせて、上の人がそれを採用するというだけでは、採用する上の人が下情を知らないのだから、下の賢才の考えを採用するにしても大きな違いが生じる。しかも、賢才といっても下の立場ではなかなか発言しにくいものである。下にいる時の考えは責任ある上の立場ではないだけに、いざ上に立った場合は賢才といえども見方、考え方が違ってくる。実際に賢才を上に立たせると、下にいた時とはまた違った料簡をするようになり、政治に有益なものとして寄与することになる。古の政権が賢才を挙げると言ったのはあくまでその人そのものを上に引き上げることを言っているのであり、さような小癪なことは一言も述べてはいない。


[解説]頭がよくて学識もあるのに、誤解曲解したり深読みする人がいる。「賢才を挙げる」はあくまで賢才な人を挙用するということであり、賢才な人の考え・意見を取り上げるということではない。政治家がいくら改革といっても、御用学者・御用文化人がこのように取り違えをする人物だったり、故意に違った解釈をもっともらしく述べ、政治家がそれを鵜呑みにすると、政権にとって都合のいいつまみ食いをされることになり、なんら改革は断行されずじまいとなる。「利口」「こしゃくなる事」いずれも原文の言葉。


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