佛像圖彙575
【575】摂州中山寺(せっしゅうなかやまでら)
[通釈]
三十三所内観音変像
摂州中山寺
[解説]
兵庫県宝塚市塚市にある西国二十四番札所。真言宗中山派の本山。聖徳太子の草創との寺伝を持つ古刹。聖徳太子十六歳の時、仲哀天皇の先后大仲姫と香坂・忍熊の二皇子一門の供養と物部守屋の霊を鎮めるようにとのお告げを受けられ、太子自ら開いたとされる。718年、大和国長谷寺の徳道上人が「閻魔起請文」を著し、三十三所観音霊場の巡拝を勧められ、中山寺は日本最初の観音霊場ゆえに第一番札所とされ、徳道上人の霊験から「中山寺は極楽の中心である」といわれる。
本尊の十一面観音は天竺の勝鬘夫人の姿を写したものといわれる。脇侍も十一面観音で合わせて三十三観音を表すという。安産祈願の寺としても知られる。
勝鬘夫人(しょうまんぶにん、シュリーマーラー)は、古代インドの在家仏教徒。シュリーマーラーは「素晴らしい花輪」という意味で、勝鬘はそれを漢訳したもの。
御詠歌は
野をも過ぎ里をも行て中山の 寺へ参るは後の世のため
なお、本尊「十一面観世音菩薩立像」は毎月18日に開扉。
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