政談186

【荻生徂徠『政談』】186

(承前) 現在は役人一人につき席も一つで、役人と席は合わせる決まりのため、その役人が昇進すれば席も進み、降格すれば下げる。これは実に不便である。古も官と位は合わせたものだが、官職は高いが位階は低いという者もあれば、その逆もあって、無理に形式的にすることはなかった。現在のごとく役と席を固定化してしまうと、役を替えたら席も別のものに替える。総じて、役目というのは人によって得手不得手があるもので、不得手な役を申しつけてしまうと、勤務状況もかんばしくないもの。そこで、不得手な役から別の役に替えようとすれば、その者の席を上げるか下げるかしなければならない。上の役を申しつければ出世となるが、下の役だと左遷となって外聞が悪く迷惑する。もとより褒美のため或いは懲罰のために上げたり下げたりするのはかまわないが、その人が不得手な職から別の職に替えるために昇進・降格させるのは無意味であるばかりか、害すらある。そのため、同じ役の席を複数用意しておけば、こういった事態は防ぐことができる。今は席に名がなく、ただ「この役の席」と言うために、役と席を区別することができない。その上、席に名をつけていないために混乱して紛らわしくなっている。


[解説]ここで言う役人は上級、上席の者のこと。例えば、町奉行は江戸なら南と北、京と大坂なら東と西、それぞれ1人ずつと決まっており、しかも1か月ごとに交代で月番、非番となった。非番といっても事務的な仕事は行い、休むわけではない。奉行や書院番頭、大番頭(おおばんがしら。これらの頭は局長クラス)は旗本のうち大身(たいしん)の者が任命されるが、今と同じようにある程度勤めると異動して昇進した。昇進の上限は家格などにより決まっており、抜擢でもされない限りは既定のコースで終わった。官職は時代により名や中身が変化し、歴史や古典を研究するうえで厄介なものですが(そのために官職の辞典もあるほど)、完全なタテ社会のため、異動先によっては実質的に降格になってしまう場合もある。徂徠が言うように、懲戒のための降格処分ではないのに、部署が変わった先が前の地位よりも下がることがある。これはちょっとわかりづらいが、たとえば同じ「奉行」でも、町奉行というのは、その都市の司法と行政、警察と消防の長といった大変な権力を持つのに対し、鑓(やり)奉行とか旗奉行といったものはそれを管理するごく狭い職分。例えれば、東京駅の駅長も、ローカル線の駅長も同じ駅長とはいえ、前者は重役並みの大した地位であるのに対し、後者はあくまでその駅と管轄する無人駅などを管理する限られたもので、後者がいきなり前者に異動できるものではないのと同じ。また、河川の浚渫や祭礼のために臨時に奉行職が置かれ、この奉行は兼職となる。詳しいことはこの先読み進めてゆけばわかるのでそれに譲るが、与えられた職務・職掌とは別に、当時は「駿河守(するがのかみ。守は国司)」だの「采女(うねめ)」「将監(しょうげん)」「右京」といった官名がついて回り、これがその人の地位にいろいろ作用した。官職といっても官と職は別で、職は一時的なもの、官は叙任などで上がることもあるが、職が変わっても不変のもの。


過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。