政談156

【荻生徂徠『政談』】156

(承前) しかし、こういったことは些末な事で、とても商人たちの知恵には及ばない。要するに、物価が高くなって下がらないのは武家の旅宿状態から出た悪弊であるから、根本に立ち返り、武家をそれぞれの土地に定住させ、巻末に記したが、武家は年貢として得た米を商人にすぐ売り払うことをせずに蓄えておく術を使えば、商人の勢いはたちまち衰え、物価も理想的なものとなる。されば、物価が高いのも旅宿状態と確たる制度がないこの二点に帰するのである。


[解説]武士は、上士・中士といった身分のある主人たちは家禄が、下士は俸禄が決められて固定されているため、物価が上がったからといって家禄や俸禄も上がるものではない。もちろん、物価が下がれば楽になるものの、昔から物価はひとたび上がるとなかなか下がらないし、なんだかんだと理由をつけてはすぐに上がる。下げる理由もありそうなものだが、下げるとなると「もしもの時に必要だから」などと理屈をつけて据置きにする。

 ある大名が5万石とすると、この5万石の中から家老以下家臣たちに決められた禄を支給し、家臣たちもまた頂いた禄の中から家来から使用人にまで分配する。貰う禄はずっと変わらないのに、商人たちが物価をつり上げればひとたまりもない。幕臣では、旗本で奉行職に就いた者に対しては、その職にある間は別途俸禄が加算される(つまり手当)仕組みで、一般の武士よりは恵まれた待遇だったものの、役付きとなれば体面や格式(徂徠はこれをいいかげんなものだと批判しましたね)を保つためにいろいろ出費もかさむため、結局はギリギリの暮らし。むしろ、指南役として何かと付け届けの多い高家(こうけ)といった、名誉的に家格は高いものの家禄は低く抑えられている者のほうが裕福だった。大勢の家臣やその使用人たちが藩主とともに定期的に江戸詰めとなれば、往復の道中から滞在中の生活費、幕府や他の大名、老中その他へのあいさつや社交、なんだかんだと出費がかさむ。収入は全く変わらないのに、常に状況の変化に応じて金を使うことばかりなので、困窮するのも当然。だから徂徠は、地元に定住し、江戸への参勤も全廃しろとは言わないまでも、最小限にして、とにかく地元に定住することと、物価に関してもきちんと法令で定めて、商人たちが勝手に価格操作をできないようにすることが必要だと繰り返し進言します。


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