政談104
【荻生徂徠『政談』】104
(承前) 間(ま)を合わせるというのは、上の人のわがままな機嫌に合わせることで、下の者が忖度して騒ぎ立て走り回るのを、よく気が利くとほめそやす。これだから世の中がせわしなくなるのである。こうなってしまうと、すべて号令の類まで下に対する思いやりがなく、号令が発せられると上の人の思い通りになるのが良い奉公とされ、上たる人や管理職の風俗となる。例えば、四つ時(よつどき)に出仕せよと命じられると、それより半時前の五つ半時には到着する。これは道の遠近を知らず、事の緩急に対する理解がないのである。また在番の組など、発足する七、八日前になり、平番士(ひらばんし)の内より組頭を仰せつけられるため、至急道中での組頭の供回りを相役並みに支度させなければならず、しかも組頭の役料が支給されないことがある。また、屋敷替えを命じられ、二、三日から四、五日の間に引き払うよう命じられるなど、このような例は数えきれないほどある。いずれも、上の人のわがままに従うのを良い奉公人とする。
[注解]これも現代に対する痛烈な批判として通じる。全く国民の実状や気持ちなど眼中になく、自分のやりたいことを表明する。閣僚以下重職にある者たちは忖度して、強行にそれを実現させようと奔走し、非合法なことについては情報を隠し、あるいはそれをすぐ廃棄するといったことまでする。税金の使い道は1円単位で記録し、永く残し、いつでも検証できるようにするのが鉄則であり、政治というもの。しかし、無理難題を言われても不平を言わず唯々諾々と従う。これが良い「奉公人」だと江戸時代でも言われていたというのだから、まったく変わっていないわけです。今は忖度というのが流行語にまでなっていますが、徂徠の当時は「間を合わせる」と言った。間とは空気。風を読む、という言葉もありますが、明確な言葉によらず、上の人の無言のうちに発する意思を読み取り、動く。言葉として記録されないので、上の人は「私はそのような指示は出していない」とシラを切ることができ、あくまで責任は下の者が「勝手にやった」ということで押し付けられる。無責任の極みです。
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