政談68

【荻生徂徠『政談』】68

(承前) また、松平伊豆守がもり切りというのを始めてより武家は皆これに従うようになり、奉公人引米ということをしたため、奉公人らは外で糊口のため働くようになった。それでも足りないと博奕に手を出し、しまいには逃げ出してしまう始末。逃げ出す者があれば口入屋から奉公人を調達することから、奉公人の質が悪くなるばかり。期限のある出替わり奉公人は三月五日が交替の日のはずであるが、今はどこも慣習のようになって四日に出てしまう。期限のない年季奉公人のいない家では家事をする者さえおらず、あわてて人を雇う有様である。


[注解]●もり切り 盛り切り。飯を盛る器(盛相=もっそう)に盛り切りをして米を支給すること。最下級の奉公人の場合、1日2合半の給米。徂徠は松平伊豆守信綱(1596-1662)が始めたというが、不明。盛り切りとは、つまり賃金カットのこと。

 武士も奉公人も兼業、兼職は禁止ですが、賃金カットをすれば当然、暮らしは苦しくなる。そのため、ひそかに(でもないのですが)アルバイトのようなことをする。しかし、それでも足りないと、しまいにはバクチに手を出す。賭場は武家屋敷に付随する下級藩士の長屋で盛んに行われたので、奉公人にとっては外出せずにやることができて都合がよかった。しかし、バクチで儲かるはずはなく、最後には逐電、逃げ出してしまう。このため、主家では口入屋(人材派遣屋)からあらたな奉公人を雇うことになる。誰でもいいからとにかく間に合わせようとする結果、最初から金品を持ち逃げするつもりの者たちが来るようになる。終身雇用あるいはそれに準じて相当長期の採用を前提とすれば起こらない問題も、半年程度の短期雇用ばかりとなると、奉公人の生活は成り立たなくなるし、生活設計もできない。その日暮らしで将来の夢もなく、刹那的な生き方をして悪人をたくさん作ってしまうことになる。徂徠が言わんとしているのは、孟子の「恒産なくして恒心なし」です。今の政権は明らかに使い捨てと賃金カットを奨励しているため、不安から自暴自棄になる人が増えている。これはもう政によって治める、ではなく、破壊そのものです。

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