佛像圖彙295


【295】十羅刹の七・無厭足(むえんそく) 


 [通釈] 

無厭足 梵字はアー 

本地は無能勝菩薩。秘法も同じ。 

正法華には無着(著)と名づく。 


[解説] 

 無厭足は、元は色々な障害をもたらす鬼神。手に持っているのは瓶。無著(むじゃく)とも。無厭足・無著とは「動かない」「満足しない」といった意味で、人をいくら害しても満足しなかったことに由来する。帰依したのちは衆生を慈しむことに飽きない仏尊となった。本地の無能勝菩薩は弥勒菩薩のこと。瓶を持った姿で表される。また別伝では供養荘厳の意をもって華曼を持つとされる。

  元はこれほと極悪非道な者だったのが、発心して仏道に帰依すればこれだけ立派な人になれるという教訓のようなものが十羅刹には込められているように思われる。人の心には元々仏心があるという教えに基づくのだと思うが、現実世界における法律、特に刑罰は極悪なことをした人に対して相応の責任をとらせるとともに反省を促すものだが、死刑については反省、つまり仏心を呼び覚まして罪の大きさを分からせ更生させるということは排除されている。明治初頭に復讐の連鎖を止めるため仇討ちを禁止するとともに、公によって代わりに成敗するといったことが今に続いているが、歴代法務大臣の中で、信仰に基づいて信念から死刑を許可しなかった人がいる。それに対しては「大臣は法を遵守するのが責務」ということで批判の声のほうが多い。大臣を拝命することは憲法と法令を遵守しなければならないわけで、個人の信念で職務を左右してはならない。しかし、十羅刹のように改心して以後は救済に尽力する高い存在となるという期待の心もまた人としては大切にすべきで、法律と信仰はいかに折り合いをつけるか、これはとても難しい問題だが、常に考え続けてゆく必要があるように感じる。 


[摂津名所図会より]15 

天下茶屋邑天満宮(てんがちゃやむらてんまんぐう)


  住吉街道にあり。祭神は菅公(菅原道真)。この地の生土神とする。例祭は九月十五日。 額に書かれた「天満宮」の書は宝鏡寺宮理豊徳厳尼公の筆。能書にして世に名高い。 もとこの里は勝間村の出在家であった。今、天王寺村の内にあり東生都に属す。勝間村および住吉北の入口、新家の町、拍戸の辺は西成郡、その町端は住吉郡である。 この辺の郡界は漠然として明確ではない。 

※天神ノ森天満宮(てんじんのもりてんまんぐう)

 大阪市西成区岸里東 応永年間(1394~28)に京都北野天満宮の分霊を奉斎した。紹鴎森天満宮、子安石天満宮、天下茶屋天満宮とも呼ばれる。 

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