古書の書き込み(3)

古書の書き込み(3)


漢籍国字解全書 第二巻 孟子・帝範・臣軌・家訓


 時ニ刑事講習開始サレ、寸時モ吝惜(りんせき)スルノ折柄ナリシモ、大正十五年四月十七日、即(すなわ)チ土曜日半休ナルヲ幸イ本書ヲ戸山ケ原ニ採取シ来(きた)ルモノナリ。

                                   笹原義治

 

これは墨痕淋漓たる序文。万年筆のとは筆跡が異なるものの、同じ店にて売られていたこと、文体や内容、雰囲気など、「佐拳」氏と同一の人でしょう。そして、これが本名ならん。

 警察関係あるいは法曹関係の人かと思われるが、学生でないことは時間に拘束された生活ぶりから確かでしょう。当時は官公吏は土曜が半ドン。つまり「半休」午前のみ勤務。戸山ケ原は新宿区の中央部付近で、江戸時代には尾張徳川家の広大な下屋敷があり、明治になって陸軍の練兵場となり、早大がこれに近接していた。戦後は学校と住宅地域となっている。古くから早大の別名として呼ばれ、この序文も早大出版部で予約していた(と思われる)本書を受領しに行くことを「戸山ケ原ニ採取」と風流な表現をされています。漢文の専門家でないことは確かで、一般の人の中にもまだこのように古典を愛読するだけでなく、文語をものすることができた人がいたわけで、政治家や官公吏はなおさら知識人が多く、即興で漢詩を詠み、それを毛筆で記すという人も珍しくなかった。とにかく重職にある人たちはなべて教養が高かった。今は……と言うのも野暮。

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