古書の書き込み(2)

古書の書き込み(2)


漢籍国字解全書 第十三巻 礼記(らいき)

 昭和二年四月下旬、本書受領ニ行ク可キ筈ナリシモ、多忙ノ為行カジ。五月十五日日曜ノ午前、目下青山会館ニ開催中ノ大久保甲東遺墨展覧会ヲ巡視シタル序(ついで)ニ早稲田ニ向(むか)ヒ、本書及仝(どう=同)下巻ヲ受領シテ寓居ニ帰ル。書架入ル可キ余地ナク、他ノ本ヲ取リ除ケテ、礼記ノ為ノ余地ヲ作レリ。是レ礼記ノ本旨ニ反クヤモ計ラレザルモ、余ガ為ニハ礼ナランカ。去ル十三日可愛鶏ノ雛七羽カヘリ可愛ピヨピヨノ鳴声ヲ聞キツゝ本文ヲ序ス。時ニ驟雨沛然(はいぜん)トシテサナガラ盆ヲクツガヘス如ク、雷鳴共ニスサマジカリシモ、午後四時陽炎(かげろう)斜ニ窓ニ差スニ至ル。

                           佐   拳



 同じ「佐拳」氏の書き込みです。にわとりのヒナ七羽の「鳴声ヲ聞キツゝ本文ヲ序ス」とあるように、氏はこれを序文として記しているようです。たしかに、これは江戸時代に多く見られる序文形式で、そのように拝読すると味わい深いものがあります。

 受け取って持ち帰った本書の置き場所がなく、仕方なく他の書物を除けて本書のための「余地」スペースを作った。これは「礼記ノ本旨ニ反ク」かもしれないが、しかし本書のためにはこうすることがむしろ礼であろう、といった部分がなかなか振るっています。礼記も江戸時代には大いに読まれ、日本人の精神に及ぼした影響は大なるものがあった。戦前まではその余風が確かに残っていたことは、この佐拳氏の序文でも分かることです。本書を購入した年月日が明記されているのは貴重で、こういう書き込みは高等な文章とともに大変ありがたいものです。無名な人の手になるものゆえ、古書肆としては評価の対象とはしないでしょうが(本書は500円とついていた。他も同じ)。

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