目付(5)

【目付】

 目付は役人を監視するのが本務ですが、唯一、町奉行の領分に関わることで口を挟むことがありました。

 それは風紀に関すること。

 たとえば、隠し売淫。船饅頭や夜鷹、提げ重(さげじゅう)など、非公認で男を誘っては春を売る私娼のことで、梅毒の温床でした。このため、幕府は吉原など公認の場以外では許さなかったものの、吉原は格調が高く、カネも高いために庶民はとても手が出ない。また、生活苦からとにかくお金が欲しい女性にとって、手っ取り早い稼ぎ口となると春を売ること。こういった需要と供給の関係から私娼はいくら取り締まっても減らず、半ば放任状態。売淫の取り締まりは町奉行の管轄ですが、町奉行は大身の旗本でありながら庶民を相手にしているだけに、庶民に対して理解がある。

 ところが、目付は真面目で厳格な者が選ばれることから、市中の見廻りをして目につくと、ただちに奉行の所へ行き、どやしつける。

「隠し売淫がいるが、奉行は何をしておるのか。目がないのか」

 身分は町奉行の方が上でも、目付は奉行でさえ平素はおいそれと会うこともできない老中にもすぐ会える特別の身。言うことは聞かなければならない。

 そこで部下たちに向かい、「御目付より御小言を頂戴したが、困ったものぢゃ」とぼやき、直ちに取り締まるように指示。もちろんこの場限りのことですが。つまり、目付は町奉行の職務に干渉できるわけです。深く立ち入るわけではなく、こんなことでは駄目じゃないか、と一言文句を言う程度ですが、こういうことは他の職掌や身分では許されないことです。階級が上でも、異なる部署に対しては不干渉。旧軍隊でも、陸軍と海軍は全く別で、陸軍の兵卒であっても海軍では将校・下士官といえども丁重に扱い、逆もまた同じだった。現代はヒラだの非正規というと、どこへ行っても白い目で見られるようになり、冷淡な世になったものです。

 それから、発行物は奉行所で検閲をしてから売られるわけですが、春画は一応取締りの対象とはなっていたものの、幕府では「かかるものは下賤の者の好むもの」として逆に無視し、武士に対してのみ買い求めたり所持したり、出版の手助けをするようなことを禁じました。春画は嫁入り道具の一つにさえなったもので、今よりよほど好まれ、いやらしいだの悪書だなどといった批判はほとんどなかった。

 しかし、これまた目付だけは許さなかった。露店などで売られているのを見つけると、売っている者に対して言うのではなく、奉行に対して文句を言った。但し、春画よりも、春画に混ぜて売っているご政道批判(揶揄が多い)のほうがヤリ玉に上げられたものです。

 禁書についてはすでに紹介しましたが、これも江戸初期には死罪までなされたほど取締りは厳しかったものの、次第に処罰は限定的になり、罰金だの版木没収、作者に対して手鎖といった程度になりました。そして、奉行所では許可したものはそれでよいといったことにしたのに、目付にとっては気に入らないものがあると文句を言う。許可したものが目付の態度いかんで捻じ曲げられることは当時としても許されない。だからこそ目付も文句を言うことしかできない。

 なお、出版物についてはこのあと町奉行の所で改めて説明しますが、許可の意味が今とは違っていたり、版権があったのかなかったのか、これは今もいろいろ議論されていることでややこしいのですが、そういったことを含めて取り上げることにしています。

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