訓蒙図彙219
訓蒙図彙 219 人物の部
中国(ちゅうごく) Chinese person
[訓読]中国 ちうこく(ちゅうごく) から、もろこし。中華、同じ。此方(こなた)は中国を称して漢といい唐といふ。西域人は呼びて震旦(しんたん)となし支那となす。
[通釈]中国 ちゅうごく から、もろこし。中華も同じ。日本では中国を称して漢といい唐という。西域人は中国を呼ぶに震旦とし支那とする。
[語釈]●支那 この説明にもあるように、日本では中国を特に勢いがあり、日本にもさまざまな影響与えた王朝の名をとって漢とか唐と称した。仏典にみえる支那・至那・脂那などがヨーロッパでの呼称シナ,チーナなどに似ているため(秦(しん)の音に由来するといわれる),新井白石や蘭学者が使用し始めたもので、一般的なものではなかった。明治に入り、脱亜入欧の政策から近隣諸国を見くだす風潮が強くなり、日清戦争を機に敵視からことさら「中国」という美称を避け、古来から中国人自身が使用していたという仏典をよりどころにして「支那」を使うようになった。これを使う場合、程度の差やニュアンスの違いはあるものの、侮蔑の意味が込められている。一説には、「日本」の「本」、「支那」の「支」を対称させて、日本は世界の本、中国はその支流に過ぎないという意味になるからうってつけである、と喜んだ向きもあるという。戦前戦中のこのような日本での使われ方に対して中国側からの抗議や、もともと日本でも識者など「支那」というのは仏典でのもので俗称ですらなく、特に公的に使用することに対して疑義がよせられたことなどから、戦後の1946年(昭和21年)6月13日公表(6月6日通達)の「支那の呼称を避けることに関する件」という外務次官通達で、「中華民国の呼称に関する件」という外務省総務局長通達を公告した。 これ以後、外務次官の通達により、放送・出版物においては、中国のことを支那と呼称することを自粛することになった。しかし、あくまで自粛であり、対象も限定的だったことなどから、その後も国立大学で「支那」を学科名として使用を続けたり、中国学者にも「中国では漠然としてどこを指すか不明確である、支那がよい」として、講義や著作物で「支那」を使い続ける人もいた。しかし、総じてこれらはむしろ学術的なこだわりからの使用であり、一般的には「中国」が広く使われることとなったが、近年、ことさら「支那」を使う人が見られ、その多くは排他的思想によるもので、当事者たちは体よく否定するが、改めて侮蔑の意味を込めていることは明らかである。
0コメント