南留別志362

荻生徂徠著『南留別志』362

一 吾邦にて、大牢といへるは、大鹿、小鹿、猪なり。


[解説]江戸時代、大牢とは町人などの庶民を収容する牢のこと(農民は百姓牢、女性は揚屋(あがりや))だが、古代中国では、天子が社稷(しゃしょく)を祭るときの、牛・羊・豚などの供え物のことを大牢といった。徂徠はこの原義を言っているわけだが、「吾邦」というのは日本ではなく中国(唐土)を指す。徂徠の中国への敬慕はとても厚く、名前を物徂徠(物は物部の略)と中国式にしたり、「わが国」と言う時は中国を意味した。引っ越しをして少しでも西に移ると、聖人の国に近づいたと喜んだほど。当時は鎖国で、中国と交易はしていたものの、観光などで行くことは禁じられており、徂徠も終生、憧れの地に足を踏み入れることはなかった。それだけに、漢文を中国語で読み、名を中国風にし、わが国といえば中国を指すほどの徹底ぶりだった。


[参考]「大牢」の用例。『周礼』秋官・司寇「凡諸侯之禮、上公五積、皆餼飧牽、三問皆修。群介、行人、宰、史皆有牢。飧五牢、食四十、簠十、豆四十、鉶四十有二、壺四十、鼎、簋十有二、牲三十有六、皆陳。饔餼九牢、其死牢如飧之陳。牽四牢、米百有二十筥、醯醢百有二十甕、車皆陳。車米視生牢、牢十車、車秉有五籔、車禾視死牢、牢十車、車三秅、芻薪倍禾、皆陳。乘禽日九十雙、殷膳大牢、以及歸、三饗、三食、三燕、若弗酌、則以幣致之。凡介、行人、宰、史、皆有飧、饔餼、以其爵等為之牢禮之陳數、唯上介有禽獻。夫人致禮、八壺、八豆、八籩、膳大牢、致饗大牢、食大牢。卿皆見以羔、膳大牢。」

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