1900年7月14日

1900年7月14 日 明治33年

【内 閣】

第2次山縣有朋内閣

総理 山縣有朋/外務 青木周蔵/内務 西郷従道/大蔵 松方正義/陸軍 桂太郎/海軍 山本権兵衛/司法 清浦奎吾/文部 樺山資紀/農商務 曾禰荒助/逓信 芳川顕正

内閣書記官長 安広伴一郎/法制局長官 平田東助

【元 老】

黒田清隆 伊藤博文 山県有朋

【東 京】

府知事 岡部長職/東京市長 松田秀雄

8ヵ国連合軍、天津占領。

イギリス臨時代理公使、日本がさらに2万人の軍隊を清国に増派すれば、百万ポンドの財政援助をすると通告。

従来の「家」制度による家政学が中心だった官制の良妻賢母育成女子高等教育制度に疑問を抱いた津田梅子が、瓜生繁子や大山捨松とともに女子英学塾(のちの津田塾大学)を東京市麹町区一番町(現・千代田区)に開校(塾生10人)。

過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。