南留別志306
荻生徂徠著『南留別志』306
一 庄といふ物を、郡のやうにおもへるは誤なり。庄は庄園にて、私田にあるべし。公田にはあるまじ。私田の内にも、都に居たまへる高官の人か、又は寺社の封戸なるべし。是を司る代官の様なるものを庄司といふなり。されば、庄のなき地もあるべし。何の国、何の郡、何の庄、何村と、かなずいふ事はあやまりなるべし。国郡郷と次第する事本法なり。郷の名は、倭名類聚(わみょうるいじゅう)に出でたり。
[解説]地名に「~庄」(~荘)とつくのは荘園由来であり、「~郡」「~村」とは意味が違うということ。現在も「庄・荘」のつく地名は多く残っており、庄では新庄、本庄、今庄、中庄、庄内、庄野、庄原などは各地に見られるし、荘では本荘(由利本荘)、武庫之荘、恵我之荘、五家荘、御荘のほか、大分県別府にはそのものズバリ、荘園という地名がある。庄を管理した者を庄司というが、これは地名のほか苗字としても存在する。
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