1942年3月6日
1942年3月6日 昭和17年
【内 閣】
東條英機内閣
総理 東條英機/外務 東郷茂徳/内務 湯澤三千男/大蔵 賀屋興宣/陸軍 東條英機(兼)/海軍 嶋田繁太郎/司法 岩村通世/文部 橋田邦彦/農林 井野碩哉/商工 岸信介/逓信 寺島健/鉄道 八田嘉明/拓務 井野碩哉(兼)/厚生 小泉親彦/国務 鈴木貞一
内閣書記官長 星野直樹/法制局長官 森山鋭一
企画院総裁 鈴木貞一(兼)
情報局総裁 谷正之/情報局次長 久富達夫
【宮中主要官】
内大臣 木戸幸一/宮内大臣 牧野伸顕/枢密院議長 原嘉道/枢密院副議長 鈴木貫太郎
【軍部高官】
[陸 軍]
陸軍次官 木村兵太郎/軍務局長 武藤章/参謀総長 杉山元/参謀次長 田辺盛武/教育総監 山田乙三
[海 軍]
海軍次官 豊田貞次郎/軍令部総長 伏見宮博恭
【植民地高官】
朝鮮総督 南次郎/台湾総督 小林躋造/関東長官 梅津美治郎/樺太庁長官 棟居俊一/南洋庁長官 近藤駿介
満鉄総裁 大村卓一
【東 京】
府知事 岡田周造/市長 大久保留次郎
【国際連盟】
事務総長 ショーン・レスター(アイルランド)
海軍省が、真珠湾攻撃で戦死した特別攻撃隊員9人を軍神として顕彰
ハワイ海戦(真珠湾攻撃)において、甲標的に乗組み、未帰還となった海軍大尉(戦死後に海軍中佐)岩佐直治ら以下の9名が「特別攻撃隊の偉勳」として軍神とされた。(1942年3月6日海軍省発表)
岩佐直治 中佐
横山正治 少佐
古野繁実 少佐
広尾彰 大尉
佐々木直吉 特務少尉
横山薫範 特務少尉
上田定 兵曹長
片山義雄 兵曹長
稲垣清 兵曹長
潜航艇は1隻2人乗りで、生存者の酒巻和男少尉は捕虜となったが、大本営発表ではこの事実は伏せられた。但しVOAの報道により実態は密かに流布された)。酒巻少尉は1945年12月8に日本兵捕虜と共に日本へ向けて送還となり、浦賀へ到着。1946年1月初旬、浦賀の復員局で米軍の捕虜服を日本海軍の服と着替えて、郷里の徳島へ無事に生還した。
0コメント