南留別志176

荻生徂徠著『南留別志』176

一 曲礼を「こくらい」とよむ事、古よりのよみくせなるを、元禄のころより「きよくらい」といふ。黒癩(こくらい)に通へるを嫌ひたるなるべし。孝経を「けうけう」(きょうきょう)といひしをも、此時分より「かうきやう」(こうきょう)と、人多くいへり。


[語釈]

●曲礼 『礼記』(らいき)の巻頭の編名。古礼の定めを細かく記してある。 

●孝経 孔子が曾子(そうし)に孝について述べたのを曾子の門人が記録した書とされていたが,最近の研究によれば戦国時代の作とされている。1巻。儒教の根本理念である孝について,徳たるゆえん,実践の具体的内容などを述べる。「孝」の字は「コウ・キョウ」の二音があるが、現代は孝行、不孝、忠孝、孝順など、すべて「コウ」の音となっている。南海本線に「孝子」(きょうし)駅があり、貴重な読み方の例といえる。


[解説]漢文訓読は中世までは各博士家などで独自の読み方がなされ、流儀のごとくなっていた。江戸時代となり、漢学が武家において必須のものとなり、朱子学が官学となるに及んで、訓読も次第に統一の方向に向かった。それでも道春点や後藤点など、学者による違いはあったものの、大差はなくなった。これとともに発音も昔は孔子を「くじ」と言っていたのが「こうし」となるなど、読み癖というものも次第に平易な読み方にされていった。曲礼(こくらい)が「きょくらい」、孝経(きょうきょう)が「こうきょう」となったのも、学問を奨励し、林家が儒官の長として官学が整備された流れによるものである。なお、現代でも月令を「がつりょう」、大儒の鄭玄を「じょうげん」と古の読み慣わしがそのまま踏襲されているものもある。漢字の音は漢音、呉音、唐宋音があり、使われた時代や地域、属性(僧侶など)により違いがあるが、我が国に伝来した時期や順序によって音読みが複数生じたり、良く使われる音と、特定の言葉だけに使う音といった別が生じた。

『孝経』諌争章(新刊全相成齋孝經直解)

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