南留別志116
荻生徂徠著『南留別志』116
一 琵琶の風香調(ふこうじょう)、返風香調のしらべ様を、人に尋ねしに、しる人なかりしを、胡琴教録(こきんきょうろく)の中にて、其事をいひたる前後の文をかうが(考)へて、かくなるべしと思ひける。後に体源抄を人にかりて見るに、我おしはかりたるに露も違はず。又古は楽の調と、歌の調と、六八にてあはせて、同音にはあらざるべしとおしはかりぬるも、五調の名、琵琶と、笛とおなじからぬを見て、いよいよさおもひさだめぬ。東にむ(生)まれて、堂上のまじらひをざれば、管弦の道のおくふかき事もしらねども、ひとつふたつ習ひたる事にておしもとむるに、いさゝかも違ふ事なし。愚なる身も、かくのごとし。まいて聖徳の人の上にては、すたれたる古の礼楽も、おこさばおこるべきをや。
[語釈]
●風香調 (「ふごうじょう」とも) 楽琵琶の調子の一つ。実際には黄鐘(おうしき)調の笛に合わせるものと盤渉調の笛に合わせるものと二通りの調弦があった。はなやかなものとして、平安時代に愛好された。
●胡琴教録 雅楽書。鎌倉前期頃の成立。作者未詳。
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