南留別志87
荻生徂徠著『南留別志』87
一 晦を「つごもり」といふも、「つもごり」といふも妨(さまたげ)なし。「つごもり」は月隠なり。こもりくの泊瀬などのこもりなり。「つもごり」は月死なり。「ついたち」は月立(つきたち)なり。「もちづき」(望月)はみちづき(満月)なり。
[語釈]
●こもりくの泊瀬 隠国(こもりく)は、初瀬(泊瀬・はつせ)にかかる枕詞で、奥深い山間に隠れた地のこと。万葉集に次のような用例が見られる。
隠国(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山 青幡(あおはた)の 忍阪(おしざか)の山は 走出(はしりで)の よろしき山の 出立(いでたち)の くわしき山ぞ 新しいき山の 荒れまくも惜しも(作者不詳 巻12 三三三一)
隠国(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山に 照る月は 満ちかけしける人の常なき(作者不詳 巻7 一二七〇)
隠国(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山は 色つきぬ しぐれの雨に 隣りにけらしも(坂上郎女 巻8 一五九三)
隠国(こもりく)の 杉の緑は かわらねど 泊瀬(はつせ)の山は 色づきにけり (作者不詳)
隠国(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山の 山の際(ま)に いざよふ雲は 妹にかもあらむ(柿本人麿 巻3 四二八)
隠国(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山に 霞立ち たなびく雲は 妹にかあらむ(作者不詳 巻7 一四〇七)
狂言(たはこと)か 妖言(およづれこと)や 隠国(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の山に 廬(ろ)せりといふ(作者不詳 巻7 一四〇八)
泊瀬(はつせ)の山は奥深い谷間で葬送の地であったことから、あの世ともとらえられていた。
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