南留別志11
荻生徂徠著『南留別志』11
一 花押は、名を草にかきたるなり。花押の上には、姓をかく事なるを、今の世あやまりて、名乗をかくなり。庭訓(ていきん)など見るべし。今の世は、官人面々に私印を用ふ。官印なき故なり。古は官印あり。一官府に一つならではなし。是を、月日の所におして、面々は花押なり。官の文書は、皆物かき役のかく事にて、名乗ばかりを、面々に、草にて後にかくを、花押といふなり。
[語釈]●庭訓 『庭訓往来』のこと。室町時代の往来物。往来と書簡のこと。1巻。玄恵(げんえ)著と伝えられるが未詳。応永年間(1394~1428)ころの成立か。1年各月の消息文を集めた初学者用の書簡文範。擬漢文体で書かれ、武士・庶民の生活上必要な用語を網羅する。江戸時代には寺子屋の教科書として広く用いられた。ここに花押の用例もあり、花押の上には姓を書くべきなのに、現代は名乗(なのり=実名)を書く者が多いと徂徠は批判する。また、官印はなく、役人は公文書に私印を使用、文書は物書き役が作成するが、印は担当者が花押を以て当てているとする。
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