南留別志5
南留別志 5
一 『義経記』に、清水にて、法華経をよみあひたるに、弁慶が甲の声、義経(よしつね)の乙の声といふ事あり。ただ、声の高低なりと思ひしに、其後ふるき読経の譜を求め出たり。字ごとに律に叶へて、つけ物などもすべきやうに定め置きたる物なり。甲の音、乙の音とて二色あり。げにさらでは、満堂の人の感に堪へかねたる事はあらじかし。此比(このころ)までは、何事も風雅なる世なりけり。
[解説]「甲高い声」という言葉があるが、音調の高い声を甲声(かんごえ)、低い声を乙声(おつごえ)という。これとは別に、古くは読経の際に僧侶が二色の発声をしていたらしく、これだと満堂の人々の心にもよく届くことであろう、と徂徠は昔の読経の譜というものを入手してこのように思った次第。
0コメント