斉諧俗談178
斉諧俗談 178
〇鴛鴦執心[おしどりのしゅうしん]
大和本草(やまとほんぞう)に言う、昔、一人の猟師があった。ある時、弓で鴛鴦の雄の首を射切った。翌年、同じ水辺を通ると雌の鴛鴦がいたので射殺した。死体を見てみると、翼の中に去年射殺した雄の首を抱いていたという。また沙石集に言う、下野(しもつけ)の国阿曽沼[あそぬま]という所に、常に殺生を好み、鷹を操る者がいた。ある時、鷹狩を終えて帰る途中、鴛鴦の雄を捕えて餌袋に入れて家にもどった。その夜、夢に装束は普通ながらとても姿かたちのよい女房が現れ、恨みのこもった表情をしながら「なんと嘆かわしいことよ。なぜわが夫を殺したのか」と言った。「そのようなことはしておらぬ」と言うと、「確かに今日、捕まえたではないか」と言ったので、強く否定すると、
日暮れば誘しものを阿曽沼のまこも隠の独ねぞ憂(うし)
と和歌を詠んで立ち上がったのをよく見れば、鴛鴦の雌であった。男はとても驚き、哀れに思った。朝、昨日の場所へ行ってみると、雌雄の鴛鴦がくちばしを合わせながら死んでいた。男はこれを見ると発心し、出家して仏門に入ったということだ。
[語釈]
大和本草 貝原益軒が編纂した本草書。1709年に刊行。本草綱目の分類法に益軒独自の分類を加えて、1362種について由来、形状、利用などを記載した。「本草」は「奔走」「本葬」と区別するため、「ほんぞう」と読み慣わしている。
沙石集 鎌倉時代中期、仮名まじり文で書かれた仏教説話集。 十巻、説話の数は150話前後。 無住道暁が編纂。 弘安2年(1279年)に起筆、同6年(1283年)成立。しゃせきしゅう、させきしゅう。
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