斉諧俗談105

斉諧俗談 105

〇海人焼残[あまのたきさし]

日本書紀に言う、応神天皇の五年に、伊豆の国で船を造らせた。その船は全長十丈、走るように速く進むことができる。そこでこの船を軽野[かるの]と命名した。同三十一年、かの船は朽ちて使うことができなくなった。そこで解体して朽木を薪にして塩を焼いた。ところが、薪の中に燃えない木があった。そこで、その燃えない木を帝へ献上した。帝はたいそう不思議に思われ、その時ちょうど新羅国より来ていた匠に命じて、琴を作らせた。その音色はとても清らかで、遠くまで響き渡った。そこでこの琴を天の焚さし[あまのたきさし]と命名されたという。


[解説]標題は「海人焼残」、文中は「天の焚さし」。このように同じ言葉なのに字が異なっているという事はこの類の書物にはよくあることで、「海人」と「天」では言葉としては全く意味が違いますが、「あま」という言葉および意味さえ通っていれば表記は当て字でも気にしないというのが古人の感覚でした。もちろん、雑記類に限ったことで、由緒ある古書(古典)に対しては一字一句ゆるがせにしないという姿勢はちゃんとありました。

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