斉諧俗談101

斉諧俗談 101

〇川越名号[かわごしのひょうごう]

越後の国高田の寺町に、本誓寺という寺がある。この寺に川越[かわごし]の名号というものがある。伝承に言う、親鸞聖人が当国の鳥屋野[とりやの]より国府へ向かわれた時、柿崎村という所で扇子を売る家へ立ち寄り、一晩泊めてもらえないかとお願いをされた。しかし家の主人も妻も断った。そのため聖人はその家の軒下に泊り、称名念仏[しょうみょうねんぶつ]を唱えた。これを聞いた亭主はたちまち懺悔の情を発し、聖人を中へ招き入れて詫び、あらためて泊まっていただいた。聖人は戯れに歌を詠まれ、九字の名号を書いて主人に与えられた。

  柿崎にしぶしぶ宿を取りけるに主(あるじ)の心熟したりけり

亭主が返歌を詠んだ。

  かけ通る法師に宿を借[かし]けるにかき呉[くれ]たりや九字の名号

翌朝、聖人は宿を出られ、二町ばかり歩いて米山寺川[べいさんじがわ]という川を越えられた。そこへ扇子屋の妻が走って来て、「私にも筆跡をいただきたい」と頼んだ。聖人が言った、「そなたはこの川を渡ることはできまい。そこで紙を広げて待つがよい」と。聖人は背負っていた笈[おい]の中から硯と筆を出されると、空中に九字の名号をお書きになられた。すると、妻が広げて持っていた紙に名号がはっきりと現れた。これを川越の名号という。また同じ越後の浄興寺[じょうきょうじ]にも川越の名号があり、その趣きも同じであるという。


[語釈]

九字の名号 浄土真宗で、「南無不可思議光如来」の9文字を名号とする。阿彌陀如来の光明の不可思議を賛嘆したもので、真宗ではこれを布や紙に書いて本山より在家の信徒に授け、信徒はこれを脇掛本尊とする。

過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。