斉諧俗談86

斉諧俗談 86

〇貝母治悪瘡[ばいもあくそうをなおす]

伝承に言う、昔、一人の商人がいた。左の膊[もも](=二の腕)の上に瘡[かさ]が出来、人の顔のようになった。しかし、痛みなどはなかった。戯れにその口の中に酒を注ぐと、人面をした瘡は赤くなった。物を食わせるとよく食べた。たらふく食べた時は膊の肉が腫れ上がった。食べない時は臂がしびれた。一人の名医があり、さまざまな薬を試したものの、まったく効き目がなかった。が、貝母を与えたとたん、人面の瘡はたちまち眉をしかめて目を閉た。そこで口をこじ開けて葦の筒を入れて貝母を注いだところ、数日にしてかさぶたとなり、治った。しかし、どういう病であるかはいまだに分からないということだ。


[語釈]

貝母 漢方薬に用いる生薬(しょうやく)の一つ。ユリ科アミガサユリなどの鱗茎(りんけい)を乾燥したもの。鎮咳(ちんがい)、去痰(きょたん)、排膿(はいのう)、利尿などの作用がある。咳(せき)を鎮め、痰(たん)を切る滋陰至宝湯(じいんしほうとう)、慢性化した咳に効く清肺湯(せいはいとう)などに含まれる。(講談社「漢方薬・生薬・栄養成分がわかる事典」より)


[解説]いわゆる人面瘡です。人面疽とも。体の一部が化膿し、やがてそれが人の顔のようなものとなり、ついには話をしたり、物を食べたりするとされるもの。架空の病気ですが、妖怪の一種としても恐れられました。切ってもまた出てくるとも。薬あるいは毒を食べさせると治癒するとされています。

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