斉諧俗談85
斉諧俗談 85
〇鸚鵡瘴[おうむしょう]
陳眉公秘笈(ちんびこうひきゅう)に言う、広南には鸚鵡が多く、常に数千羽が群れをなして飛んでいる。これを飼う場合、素手で鸚鵡の背をしきりに触ってはならないとする。もしこれを犯した場合、その者は乱心して死んでしまう。土地の人たちはこれを鸚鵡瘴とよんでいるという。
[語釈]
陳眉公 陳継儒(ちんけいじゅ、嘉靖37年(1558年) - 崇禎12年(1639年))。中国明代末期の書家・画家。董其昌(とうきしょう)の親友として知られる。字を仲醇、号を眉公・麋公と称した。松江府華亭県泖橋(現在の上海市金山区楓涇鎮)の人。書は蘇軾・米芾(べいふつ)などに師法した。また文才は王錫爵・王世貞らに推賞されるほどであった。29歳の時に崑山に草庵を建て隠遁し晩年は東佘山に隠れた。度々宮廷から招聘されたが生涯仕官することなく、文筆をもって生計を立てた。書画に造詣が深かったが、自らは余技として墨竹・山水を得意とした。董其昌とは終生の友情を分かち合った。『皇明書画史』『妮古録』『眉公秘笈』『書画金湯』など編著多数。蘇軾の書を刻した法帖『晩香堂帖』は書家に著名である。
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