斉諧俗談71

斉諧俗談 71

〇痘瘡之起[とうそうのおこり]

ある書に言う、推古天皇の三十四年、日本国では米穀が実らず、そのために三韓より米粟百七十艘を輸入した。その船が浪華に着いたが、船中に三人の子供がいて、みな痘瘡に罹っていた。一人には老人が付添い、一人には婦人が付添い、一人には僧が付添っていた。どこの国の人かがわからず、名を聞くと、付添いの人が言うには、「我々は疫神(やくじん)である。疱瘡という病を司っている。我らも元はこの病のために死んだ者で、それがために疫神の徒となった。今、この三人に付いてこの地に来たが、さて、痛ましいことだ。これからこの国(日本)の人もまたこの病に罹ることとなる。我らは畠芋を好む。今後は我らを祀る際、畠芋を供えるがよい」そういうと疫神たちは姿を消した。果たして、この年、日本国民は初めて疱瘡を発症したという。

過去の出来事

過去の本日の朝廷や江戸幕府の人事一覧、その他の出来事を紹介します。ほかに昔に関する雑記など。