日録6月4日
1900年6月4日 明治33年
【内 閣】
第2次山縣有朋内閣
総理 山縣有朋/外務 青木周蔵/内務 西郷従道/大蔵 松方正義/陸軍 桂太郎/海軍 山本権兵衛/司法 清浦奎吾/文部 樺山資紀/農商務 曾禰荒助/逓信 芳川顕正
内閣書記官長 安広伴一郎/法制局長官 平田東助
【元 老】
黒田清隆 伊藤博文 山県有朋
【東 京】
府知事 岡部長職/東京市長 松田秀雄
オーストリア・ハンガリー帝国(ハプスブルク帝国)のブタペスト-アウウィンケル間で電車事故。乗客の混雑のためブレーキがはずれ、電車が急な坂をすべりおりて転覆。死者4人、負傷者数人。
工業試験所(のちの東京工業試験所)創立。
1917年6月4日 大正6年
第1回ピュリッツァー賞表彰式
1917年ピューリッツァー賞は、1916年1月1日から12月31日までの活動を対象とする第1回目のピューリッツァー賞である。
報道部門
報道
ハーバード・ベイヤード・スウォープ(ニューヨーク・ワールド紙記者)、受賞対象となったのは、1916年秋に連載された「ドイツ帝国の内幕」と題する一連の記事による。
社説
ニューヨーク・トリビューン紙、受賞対象となった社説は、「イギリスの客船ルシタニアの沈没一周年に関する社説」であり、ドイツの攻撃によってもアメリカが動揺せず、冷静に対処したことを評価する内容だった。
文学芸能部門
伝記
ローラ・E・リチャーズ、モード・ハウ・エリオット、「Julia Ward Howe」、社会運動家ジュリア・ワード・ホーウを題材とした伝記。フローレンス・ハウ・ホールの協力を得て書き上げられた。
歴史書
J・J・ジェスラン、「With Americans of Past and Present Days」
ピューリッツァー賞(英: Pulitzer Prize)は、アメリカ合衆国における新聞、雑誌、オンライン上の報道、文学、作曲の功績に対して授与される賞。新聞出版業で財を成したハンガリー生まれのアメリカ人、ジョーゼフ・ピューリツァーの遺志に基づいて1917年に創設され、現在はニューヨーク市のコロンビア大学により運営されている。21部門で賞の授与が毎年行われ、うち20部門で受賞者には賞状と現金15000USドルが贈られる(2017年の1万ドルから上乗せとなった)。ジャーナリズムの公益部門における受賞者には、金メダルが授与される。
1920年6月4日 大正9 金
第一次大戦でハンガリーと連合国の講和条約(トリアノン条約)調印。ルーマニア・チェコ・ユーゴに領土割譲
破綻した中小銀行の救済を進める安田財閥と安田善次郎へのバッシングが始まる。第一次大戦の好景気で投機と冒険に走った新興企業が反動恐慌で没落する一方、投機を戒め堅実経営を保った四大財閥(三井三菱住友安田)が浮上し格差拡大。
飯野吉三郎が原敬を訪問。飯野は原にある手紙を見せる。それは貞明皇后が下田歌子に書いた礼状で、飯野の聖旨をまた聞きたい、皇太子外遊には反対、と書かれていた。外遊につき原の真意を糺す飯野に対し原は言質与えず曖昧に返答。
「下田がこれ(手紙)を飯野に内示するも不謹慎の事なるが、飯野と下田といかなる関係にあるや、随分下田の品行については世評もあり…(中略)...多分飯野は右の趣旨にて下田に内話するにあらずや、これらのことは幸いに外間に漏れざるも甚だ憂慮すべきことなり(原敬日記)」
政友会本部が内幸町にビル新築予定と発表。前年1919(大正8)10月に芝公園の政友会旧本部は放火で焼失。以来本部は仮建物、懇親会は精養軒や三縁亭を都度借りて運営。新しい土地は元々満鉄所有で中村精七郎(山九創業者)の手を経て買収。現在は東京電力本社。
1928年6月4日 昭和3年
張作霖爆殺事件(満州某重大事件)。関東軍参謀河本大作大佐ら、奉天へ向かう途中の満洲軍閥の巨頭・張作霖を爆殺。関東軍の一部の謀略により計画的に列車を爆破。関東軍参謀・河本大作の独断による犯行で、中国側の犯行に見せかける偽装工作も行う。白川義則陸相、関東軍に満州要地占領の権限付与を主張(閣議却下)。21日 中国側、張作霖爆死を正式発表。
1937年6月4日 昭和12年
近衞文麿が34代内閣総理大臣に就任し、第1次近衞文麿内閣が発足
[第1次近衞文麿内閣]
総理 公爵近衛文麿(貴族院所属:火曜会)1937年6月4日 - 1939年1月5日
外務 広田弘毅(貴族院所属)1937年6月4日 - 1938年5月26日
内務 馬場鍈一(貴族院所属:昭和研究会)1937年6月4日 - 12月14日
大蔵 賀屋興宣1937年6月4日 - 1938年5月26日
陸軍 杉山元(軍人:陸軍大将)(留任)1937年6月4日 - 1938年6月3日
海軍 米内光政(軍人:海軍大将)(留任)1937年6月4日 - 1939年1月5日
司法 塩野季彦(官僚:司法省)(留任)1937年6月4日 - 1939年1月5日
文部 安井英二(官僚:内務省)1937年6月4日 - 10月22日
農林 伯爵有馬頼寧(貴族院所属:昭和研究会)1937年6月4日 - 1939年1月5日
商工 吉野信次1937年6月4日 - 1938年5月26日
逓信 永井柳太郎(立憲民政党)1937年6月4日 - 1939年1月5日
鉄道 中島知久平(政友会)1937年6月4日 - 1939年1月5日
拓務 大谷尊由(貴族院所属:昭和研究会)1937年6月4日 - 1938年6月25日
厚生 (1938年(昭和13年)1月11日 厚生省新設)侯爵木戸幸一(文相兼任・貴族院所属:火曜会)1938年1月11日 - 1939年1月5日
内閣書記官長 風見章(衆議院議員)1937年6月4日 - 1939年1月5日
法制局長官 瀧正雄(衆議院議員)1937年6月4日 - 10月25日
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