斉諧俗談49
斉諧俗談 49
〇算術妙[さんじゅつのみょう]
西京雑記[さいきんざっき(せいけいざっき)]に言う、漢の安定年間に嵩真[すうしん]という人が算術に長けており、自分で七十三の年となる綏和(すいわ)元年正月二十五日の昼めし時に死ぬということを計算で知り、その事を家の中の壁に書き付けた。ところが、二十四日の昼めし時に亡くなった。妻は数を言う時に常に一つ少なく夫に告げていた。別に下心があったわけではなかったが、夫の死までもが一日少ない前日となったということだ。また、曹元理(そうげんり)という者は、東西の倉の米を数えるのに僅かの違いもなかった。ところが、西の倉で一升も誤差が生じた。これは、大きなネズミがいて、米一升ほども食べてしまったためであった。あとで元理はこの事を聞かされ、「ネズミが米を喰ったことを知らないのは、顔の皮を剥がされることに及ばぬ」と嘆いたということだ。また北史の纂母懐文[さんぼかいぶん]伝に言う、晋陽舘に蠕々国[じゅじゅこく]の客が一人いた。胡国の沙門が懐文に語って言うには、「この人は我々とは違った算術の方法をします」と。そこで懐文は庭の棗(なつめ)の木を指して、客に「そなたの算術で棗の実の数、それに赤と白それぞれのの実、赤と白が混じった実はいくつありますか」と聞いてみた。そこで客は計算をしたが、一つだけ違っていた。客が言う「一つ多く数えたのは実際の数が少なかったからではありません。誰かが木を揺らしたために、実が一つ落ちてしまったからです」と。
[語釈]
西京雑記 せいけいざっき。中国の歴史故事集。晋の葛洪 (かっこう) の編。前漢末の劉歆(りゅうきん)が原著者といわれるが確かではない。6巻。西京とは前漢の都長安をさし,王昭君の故事など,前漢における有名人の逸話,宮室,制度,風俗などに関するエピソードを簡潔な文章で記録したもの。
纂母懐文 北斉の製鋼家。過去の製鋼職人の豊富な経験を要約し、古代の製鋼法である新しい製鋼法の進歩的進歩と改良を行うと同時に、中国における冶金技術の発展であるナイフ製造と熱処理の分野においても独特の創作をした。これほどの人物でありながら記録が少ない。
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