斉諧俗談28
斉諧俗談 28
〇戎島蛭児宮[えびすじまひるこのみや]
和泉の国戎[えびす]町に蛭児宮[ひるこのみや]がある。言い伝えによると、寛文四年八月八日に初めて湧き出した島である。同十一月十三日、一匹の大亀が浮かび上がった。長さ四尺二寸、幅四尺。これを捕らえて酒で飼ったところ、その亀は三日目に死んでしまった。そこで島の中に埋めた。観月院頼弁法印はこの島を尊崇して弁財天とした。また言う、この海中に石像の戎がある。そこで戎の字を町名としてずいぶん経つ、と。そこで多くの人が海に潜ってこの像を探したところ、十二月朔日に戎の石像を見つけ、引き揚げた。その丈三尺五寸、幅三尺、厚さ一尺七寸、全体に苔が生え、貝殻がへばりついていたが、見事な像である。そこで宮を造り亀の祠に並べた。島と亀と戎の三つが僅かの期間に現れたのは、近来稀有な神霊である。
[解説]大阪堺市の「戎島」の由来話。大亀と石像を祀った社は、1951年に今の堺戎(菅原神社)に移転合併されたとのこと。
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