斉諧俗談14
斉諧俗談 14
〇霊水[れいすい]
言い伝えに言う、「景行天皇が肥後の国へ行幸せられ、葦北[あしきた]の小島[こじま]という所に御宿泊なされ、御膳を召しあがる時に山部[やまべ]の小左[こひだり]という者を呼び寄せられ、冷水を持って来るようにお命じなされた。しかし、島内に冷水はない。そこで小左は天地の神に祈願して、冷水が得られるように祈ったところ、たちまちそばの岩陰から寒泉が湧き出した。さっそくこれを酌んで献上した。これにちなんで、その島を水島と呼ぶようになった。今もその泉はある」という。また、和泉の国槙尾寺[まきおでら]にも霊水がある。言い伝えに言う、「弘法大師がこの寺におられた時、山院の地は狭く、水を得るのにとても不自由であることから、呪文で水が得られるよう祈祷したところ、たちまち水が湧き出した。この水は今も流れ出ている。土地の人たちは、この水を智恵水[ちえみず]と呼んでいる」と。
幽怪録[ゆうかいろく]に言う、「夷道県(いどうけん)の句将山[くしょうざん]の麓に三つの泉がある。言い伝えによると、元は泉はなかった。そのため、地元の人々は遠くから水を運ぶ苦労を厭い、水売りから水を買い求めた。その中に一人の女があった。孤独で貧乏でぼろをまとい、生業がなかった。ある時、一人の乞食がやって来た。顔かたちはとても醜く、体中に瘡(かさ)が出来て皮膚が崩れているほど。村人たちは皆嫌がって避けたが、その女だけは乞食を憐み、なけなしの飯を与えて食べさせた。幾日か経って乞食が食事をしていた時のこと。食べ終わるや、「私はそなたの善行に感じ入りました。御礼をしたいと思いますが、何か欲しいものなりとありませんか」と尋ねた。女が答えた、「どうして御礼なぞいりましょう。ましてやなにか欲しいなど、人としてあるまじきことでございます」。乞食はさらに何か欲しいものはと問うと、女は「それでしたら、この山の麓に水が湧き出たならば、とても暮らしが便利になります」と言った。乞食は腰から小刀を取り出して、山の下を三カ所刺すと、たちまち泉が湧き出した。と同時に、その乞食は忽然として姿が見えなくなった」と。
[語釈]●幽怪録 逸書。唐の伝奇小説集。内容はここに引かれた一話でも察しがつくことと思う。
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