斉諧俗談1

斉諧俗談 1

斉諧俗談 巻之一

                      東都 大朏東華 著


  〇降月桂(月の桂を降らす)

唐書[とうしょ]に言う、「垂拱[すいこう]四年の三月、台州[たいしゅう]に月の桂の実が降った」と。また宋の仁宗(じんそう)皇帝の時、天聖の卯(う)の年八月、杭州の霊隠寺(れいいんじ)に、月の桂の実が降るということがあった。雨のようにたくさん降った。それを拾って皇帝に献上したほか、寺僧が土に植えたところ、二十五株ほど収穫できたという。

 按ずるに(=著者が考えるに)、時珍が言うには、呉剛[ごきょう]が月の桂を伐るという説は隋唐の小説より起こり、月の桂の実が落ちるの説は則天武后の時より起こったとのことである。


[解説]斉諧俗談五巻、江戸時代の大朏東華(おおひとうか)の著。中国や日本に伝わる怪異奇談を集めた書物です。江戸時代、幕府は儒教により政治を行い、孔子が弟子たちの教育において怪力乱神を語らなかったという故事から、虚妄な説を退け、これを人に語ったり書物にすることを禁じました。これはきわめて健全なことで、人はよくわからない話、不可思議な出来事に対して惹かれるもので、それを利用して人心を惑わし、いい加減なものを魔除けだの病気封じだといって法外な価格で売りつけたり、人々の不満を誘導して反乱を起こすための組織、結社を作ろうとする。そういったことをさせないためにも、虚妄な話を退けた。

 本書の著者大朏東華は幕府の方針に従って虚妄な話は退けていたものの、古い書物から資料として人々が興味を持つ話を集めることは問題ないからと勧められ、それならばと唐書(とうじょ)や五雑俎(ござっそ)、西京雑記などの漢籍や、日本書紀、和漢三才図会、古今著聞集などの和書から奇談の箇所を抜粋し、数行から数十行を一話とし、内容によっては作者の註解が添えられているといった構成になっています。

 作者の大朏東華は現在までどういう人物か解明されておらず、「大朏」の読みも明確ではありません。ここでは底本とした日本随筆大成本に従い、便宜上「おおひ」と読むことにします。「東華」は号でしょう。

 江戸時代は膨大な随筆が作られ、その多くは本書のような短い雑記からなるものです。いろいろな書物から作者の思いにまかせて抽出したものや、見聞したことを記し、時にはそれに対する論評を加えたり。必ずしも興味のある話ばかりではなく、特に参考にもならないものも少なくありませんが、古人が何に対してどんな思いを寄せたかを知る上ではこういった雑記類も欠かせないものです。

 なお、現代語訳はできるだけ原文に即したものとし(徂徠の「政談」のような省略や突然の主語の切り替わりといったものはほとんどなく、直訳しやすい)、特殊な読みをしている語については[かっこ]で表示しました。

 書名は斉諧俗談(せいかいぞくだん)。「斉」を「斎」としたり、インターネットでは「さいかいぞくだん」という読みを記した解説が見られますが、いずれも誤りです。

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