政談456

【荻生徂徠『政談』】456

(承前) 今も、詩・文章・歴史・律・和学・兵学・数学・書学と八種類に分けて、幕府の儒官らに希望する一つを担当させ、子どもにも教えて、御用に立つように心掛けさせたいものである。経学(けいがく)は学者の家業であるから、含める必要はない。それぞれの担当に応じて幕府の蔵書も貸し出しを認め、担当の学問が成就して御用が務まるようになった暁には芸料を下付し、名誉なこととすれば、御用に立つようにと励むようになるものである。素人の学問もこれに触発されて御用に立つようになるだろう。何の役にも立たぬ宋学の心法の詮議や理非の論争などは無用の学問である。


[解説]幕府は儒学を国教のようにして学問から行政に至るまで根本原理とした。特に、当時最新の儒学だった宋学(朱子学)が重んじられたが、宋学は仏教の影響を受けており、空理空論、思想の為の思想、論争の為の論争に走り、為政者が儒者に現実問題について意見を求めようとしても理屈ばかり展開して、少しも参考にならない。孔子の教えはいろいろ実生活に役立つ所が大であるが、その教えについて分かり易く説明を求めても、この世の万物は陰と陽があり、それが和合して生成されるといったことをはじめ、理とはなんぞや、気とは、といったように、はたで聞いている凡人にはなんのことかさっぱりわからない。徂徠も最初は朱子学を学び、のめり込んだものの、もともと現実を直視する性格であったことから、学問は常に現実に即したものでなければならないといったことから次第に疑問に感じ、ついには否定するまでになった。孔子の教えを知るにしても、宋学に拠っていたのでは元の意味とは大いに違っている。孔子の教えを知らんと欲すれば、直接孔子の教えに接するにしかず。ということで、原典にあたる学問を確立させた。「無用の学文」(原文)とは痛烈である。

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