政談435
【荻生徂徠『政談』】435
●養老宴の事
総じて貴人には朋友がなく、欠点となっている。貴人の学問や技芸は大名芸というものになり、評価されないのは朋友がいないからである。ことに政務の道は下情を熟知していなければ、いくらやってもうまくゆかぬものだ。忍びの者などを使って遠国の事情を知らせ、側近より庶民の様子を聴かせるのも一見よいように思えるが、見聞きしてきた者たちの料簡が大したものでなければ、充分理解することはできない。軍(いくさ)で偵察を出す時、武功のある者を選んだとしても、その者が正しく状況を見ることができなければ誤った理解で報告するのと同じである。特に役人の情として、庶民の悪い所ばかりを見、それを報告して、一つもよい点は言わぬものである。されば、庶民の事を見聞きするには、それ相応の心得が必要である。御用を承る筋の者は、自分の手柄となることばかりを報告するものである。
[解説]徂徠がこの進言をするより前、吉宗は「近頃は悪人のことばかりを報告し、善行者のことを聞かないが、これは役人どもが取締りの法度のことばかりを気にするからである。今後は善行者のことも上申し、褒賞するように」と勘定吟味役の萩原美雅(よしまさ)らに命じている。行政に携わる者は職務が滞りなく遂行すること、そして防犯対策上悪事に対してばかり目を光らせ、まじめに暮らし、人知れず良い事をしている人たちのことは歯牙にもかけない。人生経験上、下情に通じていた吉宗にとって、役人たちが悪事悪人のことばかり報告するから、世の中はそんなはずではないということから、もっとよく世間を知り、良い事も見出だせるように命じた。同じく10年以上も農村暮らしをし、江戸でも庶民として貧窮の身にあった徂徠としても、特に役人根性の狭さを改めて指摘しておきたかったようである。
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