政談360
【荻生徂徠『政談』】360
(承前) 綱吉公がまだ御部屋住みであらせられた時、御家老が「桂昌院様に御登城願いたい」と申し上げたところ、「何と名乗って登城すればよいのか。大猷院様の御召使いと名乗るのがよいのか、館林殿の母と名乗るべきか。何と名乗っても大猷院様の御面目丸つぶれ、館林殿の面目も丸つぶれぞ」と言われた。青揚院様(甲府綱重)の御袋様は折々御登城なされたが、桂昌院様はついに御登城あそばされなかった。この事は私が幼少の時に伺った。その時分までは御女中方もこのような理筋をわきまえておられたが、今は全く絶え果ててしまった。
[語釈]●桂昌院 綱吉生母。家光の側室で庶民の娘だったことから、身分こそ高くなったものの、終生登城しないなど、高貴な正室とは違う遠慮がいろいろあった。 ●大猷院 3代家光。 ●館林殿 綱吉。
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