政談353

【荻生徂徠『政談』】353

 ●貴賤共に女の所業の事

 大名の妻ほど困った者はない。女の第一の技術である裁縫も出来ず、常に三味線・踊りに耽り、それがいつも夜通しやるために、昼は四つから九つ時分まで寝る。昔は天子の后も養蚕をし、宮女たちも手伝って御所で糸を紡ぎ、后御自身、天子が天を祭られる時に着用される冠の上に付ける紞(たん)という物を織られるのは、古の礼である。諸侯の夫人は紘綖(こうえん)を加えて織る。卿の妻は大帯を加えて織る。大夫の妻は夫の祭服を織る。士の妻は夫の祭服・朝服までを織る。庶人の妻は夫の衣服を残らず織る。以上が聖人の定めた事であり、奢りを抑えて夫に仕える道を具体的に教えられたものである。


[語釈]●紞 冠の両側に垂らし、玉(ぎょく)を掛けるためのひも。 ●紘綖 冠の紐(ひも)と冠を覆う黒い布。 ●大帯 祭服を着ける時の大きな帯。


[解説]名著『論語徴』(ろんごちょう)があるほど徂徠は論語を愛読し、聖人の道として尊んだ。その『論語』には「女子と小人(しょうじん)とは養い難し」(「陽貨」)という、古来より物議を醸し、孔子は立派な人と崇めたい人たちにとっていわば都合の悪い一文がある。「女性と徳のない者は、近づけると図に乗るし、遠ざければ怨むので、扱いにくい」というもの。しかも、女性について言及しているのがこれだけであるため、孔子の女性観にまでされている。『論語』は今、全部で二十篇あり、後半は後から加えられたという説があるほか、前半もかなり手が加えられているという説があり、有力なものとなっている。「女子」のこの一文も「陽貨」篇の最後に唐突な形で出ているため、後世の誰かが付加したものであろうとされる。『論語』を丁寧に読み、分析した徂徠も学者としては客観的に考察しており、孔子の言葉として絶対視する原理主義者ではない。が、この文の如何にかかわらず、徂徠の家庭における女性の立場、位置についての考えはこの文章に書かれているもののようである。

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