政談344

【荻生徂徠『政談』】344

 ●家断絶したる隠居ならびに妻へ御扶持方下さるる事

 隠居した者、その子あるいは孫に子がなくて跡目が断絶してしまうと、天竺浪人になる者が多い。これらはその身一代でつつがなく御奉公をし終えたのだから、御扶持を下賜すべきである。断絶した家の妻にも御扶持を下さるべき。これらは大名家も同様である。この御手当の制度がないため、周囲に隠してつまらぬ者でも跡を立てたがる人が多いのである。

[語釈]●天竺浪人(てんじくろうにん) 身寄りのない、天涯孤独な浪人者。天竺の果てまで流浪するという意味と、逐電を逆にしたとする説がある。


[解説]武士は扶持をもらって暮らしをする。扶持は反対給付の考えによるもので、家来が忠義を尽くす事に対し、幕府や藩主は家来の身を保証し扶持を給付する。家来だからタダ働きも厭わないのは当然だ、ということでは決してない。しかし、引退=隠居(致仕)してしまうと、主君に仕える立場ではなくなり、義務もなくなるのだから、幕府や藩のために働く必要はなくなる。当然、幕府や藩も扶持を給付する必要がなくなる。とはいえ、普段の給付は決して過分なものではなく、なかなか老後の貯えをすることもできない。そのため、明確な定めはないが、隠居料といったものを随意に、それぞれの裁量で下付する。今で言う恩給であり、議員年金ももともとこの理念による。議員たる者は兼業が禁止されていたり、またされていない場合も議員の務めに専念するのが当然だから、長年勤めるほど落選したり引退したあと、暮らしに困窮することが多い(はず)。そこで、当座の暮らしに困らないよう、今までの議員活動に対する恩賞の意味もこめて支給する。しかし、現在は豊かな者が議員になったり、議員報酬が高額になり、さまざまに付加されたものもあって、議員を辞めたからといってすぐ困ることはない。さらに素行の悪い議員が目立つことから議員に対する信頼や評価が下がり、高額な報酬や年金は不要だという意見も高まっている。常に現実に即して適宜改正したり見直すことは必要だが、長く勤めた人に対してはその後の処遇についてもお上としては責任を持つべきであるというのが徂徠の考えである。これについてはいろいろ意見も分かれるとは思うが、人を物と同列にして使い捨てをしていいということにはならないわけで、これは正規雇用だけに限った話ではない。そもそも、不安定な身分は作らないというのが国家として最大の務めであるはずで、人を大切にしない政治は、人を大切にしない風潮を煽る結果となる。

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