1940年9月11日
1940年9月11日 昭和15年
【内 閣】
第2次近衞文麿内閣
総理 近衛文麿/外務 松岡洋右/内務 安井英二/大蔵 河田烈/陸軍 東條英機/海軍 及川古志郎/司法 風見章/文部 橋田邦彦/農林 石黒忠篤/商工 小林一三・河田烈(臨時代理)/逓信 村田省蔵/鉄道 村田省蔵(逓信相兼任)/拓務 松岡洋右(外相兼任)/厚生 安井英二(内務相兼任)/国務 平沼騏一郎・星野直樹
企画院総裁 星野直樹/次長 小畑忠良
内閣書記官長 富田健治
法制局長官 村瀬直養
【元 老】
西園寺公望
【宮中主要官】
内大臣 木戸幸一/宮内大臣 牧野伸顕/枢密院議長 原嘉道/枢密院副議長 鈴木貫太郎
【軍部高官】
[陸 軍]
陸軍次官 阿南惟幾/軍務局長 武藤章/参謀総長 杉山元/参謀次長 沢田茂/教育総監 山田乙三
[海 軍]
海軍次官 豊田貞次郎/軍令部総長 伏見宮博恭
【植民地高官】
朝鮮総督 南次郎/台湾総督 小林躋造/関東長官 梅津美治郎/樺太庁長官 棟居俊一/南洋庁長官 近藤駿介
【東 京】
府知事 岡田周造/市長 大久保留次郎
ダートマス大学でのアメリカ数学会の会議でジョージ・スティビッツがテレタイプ端末によりベル研究所にあるComplex Number Calculatorのデモンストレーションを行う。世界初のコンピュータの遠隔操作。
テレタイプ端末(英語: teletype)は印刷電信機、テレプリンタ(英語: Teleprinter)、TTYともいい、今日ではほとんど使われなくなった電動機械式タイプライタで、簡単な有線・無線通信回線を通じて2地点間の印字電文による電信(電気通信)に用いられてきた。メインフレームやミニコンピュータのユーザインタフェース用端末としても使われた。いわゆるパソコン通信も、TTYによる通信方法を応用したものである。紙テープにキーボードからの入力や受信したメッセージを記録できる機種もあり、紙テープに記録したメッセージを印刷したり再送したりといったことが可能である。また、紙テープはコンピュータの入出力に使われるものと互換性があった。様々な通信媒体で使用可能であり、単純な2本の導線から専用線、交換網、無線やマイクロ波のリンクなどがある。モデムを介すれば電話交換網を経由して通信でき、遠隔のコンピュータ、特にタイムシェアリングシステムとの接続によく使われた。
イギリス議会、ドイツ軍がはしけや商船をフランス北部の港に集めているのはイギリス侵攻のためとの判断を下す。
内務省、「部落会・町内会・隣保班・市町村常会整備要綱」を府県に通達。部落会・町内会・隣組の常会の設置を規定。
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